11
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
   

はじめまして



現在我が子ぽんたは小学6年生。
3歳の時に広汎性発達障害と診断を受けました。

発達障害を持つ我が子との生活のなかで
ママ視点での気付きや考察を綴っております。

はじめて訪問された方は
ぜひ「はじめに」のカテゴリからご一読ください。

↓そしてこことは別にむーにの日記的ブログも書いています↓
なきむしでいいじゃん♪

どちらももし良かったらお付き合いくださいね(。・ω・。)ノ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

広汎性発達障害。三つ組みの障害の全体像は把握しずらい?


お久しぶりでございます。
お元気でらっしゃいますか?


日々の生活をこなすことで精いっぱいの方々も多いのではないでしょうか。

私もその一人なのではありますが、久しぶりに投稿してみようと思います。



現在ぽんたは、ある施設に入院しています。

いわゆる児童精神科なわけですが、実際は精神科領域なので、保護入院か任意入院というカテゴリに分けられます。


もちろん任意入院なのですが、小学生までは、『入所』ということになり、児童相談所で受給者証の発行が必要となります。


当然、『入所』なので、親の監護下にいないということになり、子ども手当や特別児童手当は資格喪失になります。





小5の入所から、何度か退院、入院を繰り返しましたが、現在も平日は病棟で過ごしながら通級し、週末は我が家に帰るルーチンをこなしています。





さて、病棟で過ごすぽんたちゃん。

やはり、家とは違う環境で24時間を過ごすなかで、家と(ママと)過ごすようになれるかと思いきや、そこは地域の小学校でいた時と同じように『自分』を作っており、時に疲弊し、時に内にこもりながら、それでも「軽口」も言えるようになり、、、


少しずつではあるけれど、内なる自分を出せるようになってきました。




でも、問題なのが、その『作った自分』を、『そのままの彼女』と受け止めるスタッフが多いことです。


主治医ですら、「PDD(広汎性発達障害)には見えない」と言い放ち、現在の彼女の診断病名は「適応障害」となっています。




時々垣間見せる言動、しんどくなったら出てくる症状、いろんなピースを組み合わせていくことで、ASD(自閉性スペクトラム)、三つ組みの障害と言われる、社会性、コミュニケーションの障害、認知の歪みははっきりと分かると思うのですが、、、

意外とそこは拾いづらいらしく、大きく誤解を受けることも少なくありません。




そのたび、帰宅するたびに、目にいっぱい涙をためて話しはじめるぽんたと対峙してるママは、『なんて生きづらい子なんだろう』と切実に感じています。


次は中学生・・・・。


そこから、社会に出るのには、もう数年しか猶予がありません。
あっという間だろうとも思います。



どんな経験を積み上げるかによって、その子の人格(マイノリティー)が完成されるかという、とても大事な時期にきているのだとも思うのです。



広汎性発達障害と診断される子どもの多くは、それなりに喋ることが出来る子が多いのではないでしょうか。

そして、「喋る」言葉の語彙が増えるほど、「三つ組みの障害」が見えづらくなってくるのかもしれません。



それは、一般社会に汎化しやすいとも言えるのですが、本人の生きづらさが閾値を超えるとなると、あっさり社会の枠組みから離脱してしまう可能性も大きくなります。


そことの兼ね合いをどうするか、どこで折り合いをつけて、これからの生活につなげるか。




最近は、そんなことばかり考えつつ・・・・。



平日の空いてる時間は、仕事に出ていくママなのでした。








訪問ありがとうございました。

下のタグをぽちっと押して応援頂けると嬉しいです。


↓↓  ↓↓



にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 広汎性発達障害へ
にほんブログ村

にほんブログ村 子育てブログ 発達障がい児育児へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

tag : http://ping.blogmura.com/xmlrpc/4pcgajwgjqmm

愛着障害とネグレクト。相関性は生じやすいかもしれない。


訪問ありがとうございます。



少し更新がとまっておりました。
お元気でお過ごしでしょうか?



私はといえば。



正直なところ、心身ともに少し弱っております。

色んなことがあり過ぎた。。。。


でも、意外となんとかなるものです。
こうして、PCを立ち上げることも出来るのですから。


まぁまぁ、元気。

というところでしょうか。







ところで。


このブログは基本的に発達障害を基幹として書いております。

この記事のカテゴリを「愛着形成不全」としているのも、二次障害としての愛着障害も広義的な範疇に入れたいという思いからです。



ですが、今回は、発達障害による認知の歪みから起因する愛着障害ではなく、『後天的にもたらされ、発症した愛着障害』に関して書いてみようと思っています。


あまり楽しくはない内容ですし、私見によるものですので、気分を害される方がおられるようでしたら、読み進めることをお勧めいたしません。









話を始めます。



後天的にもたらされる愛着障害。

それは、発達障害ゆえの愛着形成不全とは少し様相が変わってきます。




風ちゃんの診断病名は、「小児期反応性愛着障害」でした。


実際にその診断名を知ったときは、衝撃というより、腑に落ちた・・・・という感情のほうが先にきました。




多分それは、実の親ではないことが大きいのではないかと思います。

もし、彼女が我が子だったら、きっと私は「そんなことない」「だってちゃんと育ってるじゃない」などなど、思いつく限りの言葉を使って、意味のない反論をしていたかもしれません。



大阪に呼んだひとつのキッカケが、「愛着障害の可能性」を感じたことと、一緒に暮らす高齢の祖母が限界にきていることにありました。


愛着障害の子の振り回し行動や試し行動は、発達障害の子どものそれとは、やはり違いがあります。


それがよく分かるようになるのは、もちろん風ちゃんを預かったことにより、愛着障害を目の当たりにしたことによります。



彼女の、直観的で故意による、愛着対象者への振り回し方は、発達障害のそれとは明らかに違う。


一番の大きな違いは、自閉性がないというところ。

声かけなどによる反応の速さ、心身で感じ取る対象者の弱みを即座にみつける勘の良さ。

それは、本能ともいっていいくらいの素早さで。


IQ(知能指数)とかDQ(発達指数)とは、明らかに違う、頭の回転の良さがうかがえました。





もちろん、自分が起こす、様々な不適応衝動は、相手に自分を嫌悪させるものなので、それはまるでブーメランのように彼女自身にかえっていくものなのですが。


それに気づくことも出来ないし、衝動的なエネルギーを自分でコントロールすることが出来ない。




風ちゃんの話に例えれば・・・・ですが。



彼女は、私が実は視線恐怖をもつことを、その勘の良さでわかるようにまでなっていました。

一緒に暮らし始めて、わずか1~2か月で・・・です。



ご飯の用意をする、洗濯物の片づけや、普通にありうる生活のなかでのワンシーンで、彼女は必ず私に礼を言います。


「ありがとう」


私が「ええねん、そこまで気をつかわんでも当たり前やん」と言葉で返しても、彼女は言います。


「ありがとう」




その口調には、ものすごく力がこもっていて、眼力をこれでもか!なくらいで目を見開いて。

そうして、私が彼女の視点と対面して「どういたしまして」というまで、やめない。



最初、何だかすごい違和感を感じていました。
そして、生理的に受け付けることのできない行動のひとつとなっていました。

見抜かれないように・・・・。


だいぶ気をつけていたのですが。


やっぱり、その行動は、生理的にイヤなものなのです。

何度も何度もその「ありがとう」が続くと、本当にさらに生理的な嫌悪感が増してしまいます。



あ、私の自閉性をこの子は見抜いているんだ。


これは、そう気づいた瞬間、かなり衝撃を受けました。


人にあまり話したことのない、自分の自閉性。

視点が合うごとに感じる不安を、見抜かれている。


今はトレーニングを重ねた結果、かなり改善しているとは思うのですが、根っこにある対面視線の不安さを彼女は勘で知ってしまっていた。。。。




小児期反応性愛着障害の子どもは、たいてい、似たようなことをします。


「これでもか!」というほど、相手が生理的に嫌悪を抱くような行動を起こす。



発達障害の子どもの試し行動にも似ているのですが、どこまでも、自分が嫌われてしまうような行為を衝動的に起こしているのですから、対象者の疲弊は、あっという間に肥大していきます。



その疲弊から逃げ出す行動として、一番分かりやすいのが、ネグレクト(養育放棄/放置)なのかもしれません。


我が子を産んだ親として、それは、世間一般的な感情論をだしてくるのならば、それは「向き合うべき」ことなのかもしれませんが、とことん親に養育者に愛着対象にたいして、自分を嫌悪させるような行動を起こしてしまうのですから。。。


いったい、どうやって受け止めればいいのだろう??


怒りと、悩みと、我慢の限界との闘いに近い、毎日が負担の大きい感情の揺さぶりをかけられるのですから、実際はたまったものではないのでしょう。



お願いだから、早く大きくなって自立して出て行ってほしい。

本当は大好きなのに、そう素直に言えないくらい、我が子と向き合い続けられない。



そんな思考が生まれてしまうのも、うなずけることができるのです。




愛着障害の子どもは、自分の奥底に眠るヘルプサインを受け止めてもらう必要があり、、、

愛着障害の子どもを養育する大人の側にも、愛着形成期を過ぎてしまってから派生してしまった様々な行為による疲弊からも助けなければ、負のループを止めることが出来ない。




私のよく知る数人で、愛着障害の大変さをよく分かってる方がいます。



「愛着障害は大変やで、むーにさん」


「我が子のことでも大変なのだから、むーにさん頑張り過ぎないで」



そして、その方たちから、何度も言われてるのが。



小児期で改善が得られなかった場合。


愛着衝動はさらに色んな形をとっていくようになる可能性が、きわめて高い、、、ということ。



例えば。


依存対象をもとめるようになる。


憧れの人が、こんな服を着ていた・・・となったら、買い物依存と同時に、その似たような服ばかりを何着も買い求めたり。

異性に対して・・・に変わったら、性的衝動を抑えることができずにのめりこみやすくなる。
そこに、本来得るべき愛情がなかったとしても、、。


ありとあらゆる依存形成をもとめるようになり、かつ、振り回し行動も同時に起こしてしまう可能性が大きく、非常に困難がある人生を歩むことも、、、


それが、愛着障害の難しい、、生きづらいところだと。



何度も念を押すように、説明をしてくださいまして。




たしかに、、、


風ちゃんを見ていて、その可能性は否めないのが正直なところで。




学童期までのネグレクトから、成人にいたってはDVの被害者になりうることもありうる。




児童思春期科のドクターからは、「治療としては何もないのが現実です」と言われました。

二次的に起きる、睡眠障害やうつ症状、双極性障害などの精神疾患、心身症に対しての投薬治療はあるけれど、愛着障害そのものに対する投薬などの治療はない、、、との事で。


あるとするならば、カウンセリングなどを通して、自分の生い立ちを追っていって、自分自身の背負ってしまっている現実をうけとめ、改善したいという意志を育むことなどは、可能・・・・


だけれど、本人が「今のままでいい」と思ってしまっていたら、もうそれまでのこと。

何もしようがない。


それが、結局はドクターの所見だったのです。





自分の人生を自分のものとして、いかに歩むか。

最終的には、そこが肝となっていくのかもしれません。





本当に難しいし、軽んじてはいけない。


なのに、周りは、そんな彼女を相変わらず非難し続ける。




はがゆいし。。。。本当につらいです。







読んでいただけてありがとうございました。




更新の少ないブログですが、
応援くださると嬉しいです。

↓↓  ↓↓


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 広汎性発達障害へ
にほんブログ村

にほんブログ村 子育てブログ 発達障がい児育児へ
にほんブログ村

発達障害児が、「社会」たるを知る時。


訪問ありがとうございます。

しばらく更新が空いておりましたが、お元気でお過ごしでしょうか。



いつの間にやら、六月になってしまいましたね。
あと少しで小中学校ではプール授業が始まるのでは?

梅雨を抜けたら、暑い暑い夏がやってきます。


ああ。
私も、ぽんたも。


実は夏は苦手です。


暑いのは苦手。

夏になると盛んに活動をはじめる虫も苦手。

クーラーで冷やし過ぎるのも苦手。



とか何とか、愚痴を言いたくなるのが「夏」なのですが。


なんと!


今年は、はじめてぽんたからこんなセリフが飛び出しました。


ママ、プールに入りたい。



まあっ




なんということでしょ~

(ここは激的ビフォーアフター風で)笑




顔が濡れるのが苦手なぽんたちゃん。

いまだ、プール授業では、潜ることが最大の難関となっております。



なのにっ!!!→しつこい(笑)



あなたっ、、、プールに入りたいのねっ!!???





少しずつ、子どもの出来ることや、挑戦してみたい感情を知ると、親は本当に嬉しいものです。


発達障害の特性にも、色々な得手不得手がありますが、「やらされ感」が満載のなかで、充実した達成感を味わうのは難しいことも多いのではないのでしょうか。


やはり、自分から『やってみたい!』と湧きあがった感情は、つぶさないでほしい。

サポートする側も、ここは何より大切にしてほしいと、切に願いたいものです。




ところで、たまにこんな言葉を聞くようになりました。



頑張って言ったんだよ。

でも、結局伝わらなかったの。




それは、学校での出来事のなかで、よく起こる事象のようです。


学校とは、まだ成長過程の子どもたちが集まる幼くて大きな社会のひとつかもしれません。




上記の言葉も、すぐに彼女の口から聞けるわけではありません。



「伝わらなかった」事に対する感情が、幾度にも重なってしまった結果、パニックのような感情にまで爆発した時に聞くことが多いのです。



発達障害が、「障害」と言われるゆえんです。



何かしらの困難にぶつかった時、本人は本人なりにヘルプやストレスサインを出しています。

しかし、それが汲みとってもらえない。


それなりに喋ることが出来る子は、とくに、そのあたりを見過ごされてしまうことが多いのです。



喋ることが出来るから。



何でも反応として話してくれると、周囲は勘違いしてしまっていることが、とても多いのだろうと思うのです。




年齢があがればあがるほど、こういった事象は多々起こってくるだろうことは容易に予測できます。

支援やサポートにも限界はあり、そこは本当にまだまだ課題だともいえるのかもしれませんが、やはり「社会」「人との関わり」のなかで、「伝える」ことはどうしても重要視されてしまいます。



ぽんたはまだ小学生。


社会に対する「負」の経験を増やしてほしくない。




今、私自身のなかで見据えているのは、もう自立後のことです。


そのために、出来ることは少なくなってはきましたが、ひとつひとつの課題の大きさが、幼児期の時とは比べ物にならないくらい大きく感じてしまうことも多くなってきました。




そのたびに立ち止まっては、考察を重ね、その経過もぽんたに伝えるようにしています。


まだまだ、親の出番があることは続いていきそうです。








読んでいただいてありがとうございました。





ランキングに参加しています。

よかったら、応援くださいね。

↓↓  ↓↓



にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 広汎性発達障害へ
にほんブログ村

にほんブログ村 子育てブログ 発達障がい児育児へ
にほんブログ村

tag : http://ping.blogmura.com/xmlrpc/4pcgajwgjqmm

プロフィール

むーに

Author:むーに

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

にほんブログ村

良かったら押して下さい^^

コメントの入力方法

コメントを入力する場合は 記事文章最下部の コメント:_の _の部分をクリックすると 入力欄が出てきます。

最新コメント

twitter

検索フォーム

メールはここから

名前:
メール:
件名:
本文:

ペットショップへ行く前に

Amazon

支援者当事者・お友だち

支援グッズ・お役立ち情報

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。