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はじめまして



現在我が子ぽんたは小学6年生。
3歳の時に広汎性発達障害と診断を受けました。

発達障害を持つ我が子との生活のなかで
ママ視点での気付きや考察を綴っております。

はじめて訪問された方は
ぜひ「はじめに」のカテゴリからご一読ください。

↓そしてこことは別にむーにの日記的ブログも書いています↓
なきむしでいいじゃん♪

どちらももし良かったらお付き合いくださいね(。・ω・。)ノ

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解離とスイッチングは時にセットで現れる。

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<おしらせ>

今回の記事は、

ぽんたが不登校へと突入していく間際で
幾度となく見られた様子が詳細に書かれていきます。

もし、現在もPTSDやトラウマの治療中であったり、
この記事の題名と似たような症状と
いまだ向き合ってる方には
かえって苦痛を煽ってしまう内容かもしれませんので、、

先を読み進めることは、自己責任でお願いいたします。




++++++++++++++




これは、ぽんたが不登校になる前のお話です。


広汎性発達障害と診断され、
当時行われた発達検査からも
遅れが出ていたぽんた。


でも、支援級での対応は
今思えば健常児と何ら変わりなく。。

教師とたった二人きりの部屋(支援教室)で、
40分授業の約半分を使って
延々お説教されるという事態が何度かありました。

ある先生は
「こんなことを説明しました。」
と、いつも渡される連絡ファイルの
1ページ全部を使って、

ぽんたに説明した内容の
全容が書かれており

しかも、その理由は
「ぽんたが”やりたくない”と言ったから」
だと書いてありました。

当時、いくら少し話せることができるからって
ここまで我が子が理解できるとは到底思えない
その説教した内容に、
私自身が絶句したことを覚えています。

そして、そこまで詳細に書きたい衝動を
その先生に起こさせるほどの何かを
本当に娘がしたのだろうか、

第一・・・相手はまだ小学校に入ったばかりの1年生なのに
しかも、知的にも理解できるとは思えなかったのに

いったい、この人(先生)は
ぽんたに対して どんな感情を抱いているのだろうと。。。

今、思い出しても
ざわざわと、胸の奥がきしむような気持ちがします。



そんなことが

ひとつ、ふたつ・・・と続くうちに
ぽんたに変化が訪れた。

ぽんたの中に、彼女とは別の人格がいるという。

最初は何が何だか分からなかった。
でも、似たようなことを、また別の場面で
何度も、何度も、聞くことになる。


「解離性障害」という言葉を知ったのは、
ぽんたが完全不登校に入ってから。

ぽんたの様子から不安になって
知り合いの心理の先生に相談したところ
「解離のある子はね・・・・」って聞いたの。


もちろん、最初からそうと知っていても
多分ママの反応は変わらなかったと思う。

とにかく
ぽんたの話すことを肯定してあげることしか出来なくて。


それから数か月後、

その人数はどんどん どんどん増えていって・・・

気づいた時には、彼女の中で
別の人格たちと家族として形成されてしまっていた。


これって、、、
もしかして彼女の記憶が解離してて

本当は自身の記憶なのに、
自分の経験として認識されなくなっちゃってるの?


ネットで調べてみると、こう書いてあったのね。


[ 解離性障害 ]

おもな症状

ショックな出来事や強烈な心理的葛藤に圧倒されて、
それを認めることが困難な場合に、自己統一性が失われ、
知覚や記憶が不明瞭になり、自分が誰か分からなくなったり、
複数の自己を持ってしまう。

原因

子供の頃のトラウマ(心的外傷)や強いストレスやショックが
原因のひとつと考えられている。



この「なきむしで~」を
長く読んでこられた方なら知ってるであろう

ぽんたはすごく繊細で
いろんなことにも敏感に感じるところがあり。。。

小学校という教育機関に通うまさにその出発点で
ぽんたは出ばなをくじかれてしまったのかもしれなくて。



そして、解離と一緒に現れたのが

「スイッチング」でした。


「学校に行きたくない」
そう泣きながら訴えるぽんたに
「1時間だけ。ママと一緒に行こうよ」
手を繋いで校門を抜けると

職員室に連絡が入るのか、
支援担が迎えにやってくる。

その姿が見えた瞬間

ぽんたの表情が一瞬で大人のようになり、
身体に緊張がはいるのか、一気にシャンっとする。

泣き崩れんばかりの調子で喋っていたのが
大人のような言葉遣いに変わる。

まるで、瞬間変化をみているような気分で、

そして

本当に

「スイッチ」が入ったように別人になってしまう。



怖かった。

ぜったい ただごとじゃないと思った。

まだまだ幼い子供が
ふざけて出来るような様子じゃなかった。



以前ね
発達外来の先生に相談したことがあるんだけどね。。。


発達障害のある子のなかには、
空想のなかで遊ぶ子もいるって

だからぽんたちゃんもそうなのかなって言うの。

ただ・・・

その空想のなかのはずの人が
ぽんたに対して悪いことを言うようになったら

あ、例えば犯罪を促すとか、自死を、、とかね

治療が必要になるから注意してねって。



でもね、それはやっぱり
(少しちがうよ、先生)って。

ぽんたが話す言葉のつながりから

どう考えても
「記憶が解離してる」ってほうが正しかった。

ぽんたの言うお父さんは、
ママが話して聞かせたことのある弟のことだったし
お姉さんは、イトコのことだった。。



+++++++++++

ここまで読んで頂きまして
ありがとうございました。

現在も気まぐれ五月雨登校中の彼女。
今も残る当時の先生を恐怖に感じながら
それでも友達と遊びたくて登校しています。

ママも頑張りますが、
何よりも、
それでも頑張るぽんたに応援お願いします。

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再登校をしてるけど不登校を振り返っていきます。

訪問ありがとうございます。


このブログは、

ぽんたが完全不登校になり、
外に出られなくなってしまった頃から

知ってるブログがameba(アメーバ)だったという理由で
ameba(アメーバ)ブログに書き始めました。


当時

完全不登校まっただなかで感じたことや

解離を起こすほどの心の傷と向き合う我が子との
日々の生活のなかで思ったことなどを

一部の承認されたメンバーのみが閲覧できるという
”限定記事”という形で、書いてきました。

今回、色々私なりの考えがありまして、
既に居心地のよくなっていたamebaを引っ越したわけですが

FC2にも「非公開」という形があるということを知らずにいたために、
越して来る際、限定記事のほとんどを削除してしまいました。

(ほんと、知ったときのショックったら


そのこともあって、

過去記事からお付き合いのある方には、
知ってらっしゃる内容だったかもしれませんが

あえて、

”発達障害をもつぽんたの不登校”
を書き始める前に、、、

この 前回の記事を書くことにしました。


当時のことを振り返る作業は、
正直しくしくと胃が痛みます。

しかし、当時とは違う・・・というか、
少し客観的に当時のことを見ている
自分もいることに気づいたんです。

それは、きっと

過去は、過去として、
当時の歓びや、後悔に満ちた失敗も

「そうだったんだよね」と受け止めて

「今できることをしよう」と思える勇気が
出てきたからなのだと思うのね。



まあ、、

毎日がぽんたに振り回され系なので( ;´-`)
不定期更新になると思いますが、

登校・不登校の体験も
またあらたな気持ちで

少しずつ書いていきたいと思ってます。


お時間のある時にでも
お付き合い頂ければ幸いです。


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不登校を含めた二次障害について考える(療育と学校)

訪問ありがとうございます。

ここ数日、寒波の影響で寒い寒い日本列島。
みなさまいかがお過ごしですか?

当市では聞かれてないですが、例年より早く
インフルエンザも流行しはじめているようです。
無理せず暖かくお過ごしくださいね(*^ω^*)


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++++++++++++++



「療育機関」

そう ・・・ひとことで言ってみても、
この数年の間に、本当に色んな施設が増えましたよね。


とくに平成24年に発達障害者支援法の改定が行われて以降、

それまで療育園と言われていた通所施設が
発達支援センターとして規模が変わったり

児童デイサービスの施設が
どんどん開設されるようになってきました。


ぽんたが1才半健診で引っかかってからは
(実は発達検査の数値がえらい低かったらしい)

発達障害の診断と並行するように、
療育施設との横のつながりがあったママ。

幼児期にお世話になった療育園
 ↓
幼稚園と並行してグループ療育を受ける
 ↓
小学校就学。。。

で、小学校入学後のママの不安の払しょくも
必要だろうということで、あちこちから背中を押され
センターでの療育も一年受けたわけなのですが。


それも含めると、3か所の療育機関に
ぽんたと一緒に通った、、ということになります。

現在は、デイサービスも利用しているので
(児童デイも療育機関とみなす地域もあります)
通算4か所。。。


でね、この「療育」。

療育って ひとことで言っても、
まず、通うお子さんが多岐にわたるわけです。

知的に遅れてる子もいれば、高機能と言われる子もいる。
自閉としての部分が重度の子から軽度の子もいる。

なのに、関わるスタッフさんは数名、というところが多い。


さすがに、数か所の療育機関に通うようになると、
あ、それと通う期間も長くなってくると、、、

色んなお子さんとその親御さんにも
注意がいくようににもなってくるし、
(最初は我が子しか見えてないことが多かった)

各スタッフさんの気質にも気づくようになってきます。
てことは、なんていうか・・親も勉強し始めるんですよね。。




で。

ここで、批判を覚悟で書いてみたいと思うのですが。

「療育」って、基本的に
「不適応を減らすための手段を教える」
みたいなとこがあると思いませんか?

----不適応を減らす---

だいじなことです。

不適応な行動が増えると、関わる人からの叱責も増えるし、、
何より、不適応行動から垣間見える、
その子自身が「分からなくて困ってる」ことが多いのは
明確とも言えるわけで。

しかも
そうすると、「転ばぬ先の杖」的なスキルも教えることも多く。。

療育による視覚的アプローチや、時間の間隔や視覚情報の構造化は
もはや”分かりやすさを増やす”マストアイテムだともいえると思うんです。

「子供にとっての安心感」が増えるように願って、ですよね。


ところがここで、

まさかの ”不登校(不登園)” 問題が入ってくると、
事態が一変するというか、、

支援する側として、本当にその子の人生に関わっているのか?
というスキルが試されるんじゃないのかなって
そう・・・何度も感じたんです。

「子供は子供との関わりで育つ」

よく聞かれる言葉ですよね。

そして幼稚園からも含めて、教育機関の関係者はだいたい皆こう言います。

「学校(幼稚園)は行かないとね。」



でも、ここで分かって頂きたい。


発達障害児にとっての、不登校(不登園)は
二次障害も含めた”不適応”行動だということを。。。

そうなると、不適応の行動そのものに対処するのではなく、

「なぜ、そうなったのか?」の根っこを探ることが
まず重要になってくるんだと思うんです。


ここで

母親がみた家庭でのその子の様子と、学校(幼稚園)での様子を合わせて
「どこにしんどさがあったのか?」を双方で分かち合う必要があり、、

なおかつ、家庭と支援者(この場合、先生と療育スタッフ)が
タッグを組んで、事態に取り組む必要があるのですが、

だいたいタッグを組む前に、(・・・嘘みたいな話ですが)
頓挫してしまうことがけっこうあります。

(あ、ぽんたの時はそこにすら至らなかったのですが・・・)

で、、それはなぜか、、というと、

教育の専門家としての自負がある「先生」と
発達障害に寄り添う療育の専門家という立場の「療育スタッフ」とでは、

子供一人を見るときの方向性が、一致しない。


先生は「どうしたら学校に来れるか?勉強の遅れはどうなるのか?」に
問題の焦点を合わせてることが多く、
療育スタッフは、どちらかというと”生活全般での活動スキル”に焦点がいきやすい。。

わざわざ話合い(この場合面談ともいうかも)の場を設けても
お互い、そこを譲らないから・・・話すだけ無駄?なことも多く
結局双方の対応はいつもと同じ、なことも割と多くて、、ですね。。

療育スタッフも、「学校にはこっちからは立ち入れない」姿勢の方も多く、
親御さんが伝言ゲームのようなやり取りをすることも、本当に多いんです。

それは、本当に疲弊するほどの労力だと思うんです。
(本当にお疲れ様です。。)


でも、

せめて、”二次障害”だということを、まず知ってほしい。

「不登校になっちゃったから、どうやって行けるようになるか考えなくちゃ」??


いや、そこじゃないでしょ?


発達障害の子供に関わるなら知っておいて欲しい。
彼らの記憶の引き出しが、定型発達の子供とは違った構造となってることを。

どんなにその先の人生で、忘れてるようにみえても
突然フラッシュバックして思い出してしまう特性があることを。

発達障害をもつ子供が不登校になる=二次障害、自尊感情の低減

これが、この先のその子の人生でどんな影響を及ぼすのかを、
フル回転で想像してみてほしい。


そこから、適切な「寄り添い」が生まれるんじゃないのかと、、
ぽんたを育てながら、ふと思うママなのです。




今日も読んで頂けてありがとうございました( *'ω')ノ



登校拒否と夜型加速とママの体重。

私のもうひとつのブログ、Amebaのほうを読んで頂いてる方は
もうご存知だろうと思うのですが、

実はぽんちゃん、ただいま絶賛登校拒否生活に入っております。

前回の完全不登校のときは、一番の原因が
支援学級の先生から受けた激しい叱責や恫喝でした。

ぽんたの精神も著しくぶちのめされてしまい、
私と主人は『学校(先生)から隔離して、心の安定を優先する』と決意して、
学校側にも完全不登校宣言をして休ませることにしたのですが。

今回は、一番の原因が「友人関係のつまづき」であり
「仲がいいと思っていた子からのいじめ」なようなのです。


で・・・同じ「休む」でも、今回と前回は、何気に違いがあります。

まず、行き渋りの様子が変わりました。
(だからすぐに気づかなかったっていうのもある)


前回は、登校の際に毎度スイッチングの様子を見ていました。

「せんせいがこわい」
はっきりとしたサインだったと思います。

そして

がっこうがこわい
がっこういきたくない、おやすみしたい
〇〇〇(支援級の呼称)は、イヤ
おべんきょうはイヤ
もうムリ、がっこうはいけない

とにかく、連発でした。


ところが今回は、不思議なくらい「行きたくない」を言いません。
そして身体症状に出たんです。

学校でも家庭でも、とまらない頭痛。
激しい片頭痛でした。

登校の際には、校門の近くになると・・
「吐きそう」「気持ち悪い」

校内に入ると
「おなかいたい」

この状態が一か月以上続いていて・・・・

さすがに
(おかしいな)
(なんか、よっぽどなんじゃないか?)
と、思いはじめてはいたのですが・・・

いじめの現場を見てしまいまして、、
で、子供たちに話をしてはみたのですが。

その後から、学校をお休みするようになってまして。

しかも、休み方が「あたま痛い」で、布団から出られず
起きてきても、「動くとあたま痛い」で、動けず

で・・・登校拒否経験のあるママも、
その様子でようやく「ピンッ」ときまして・・・・

これは、登校拒否だ、、、と。

たぶん、お友だちからのいじめが原因だろうと
なんとなくだけど、経験者なりの勘でそう思いまして。

・・・かれこれ10日以上になってきています。


え?
子供たちで話し合いでもして、解決できないのかって?

それが出来る子だったら、休んでないです。
ここをゴリ押ししたら、母への信頼を失うことになるでしょう。

そもそも、コミュニケーションで難がなければ、
発達障害と診断されないわけでして。。。


過剰なくらいの思い込みの強さは、彼女の特性のひとつで
こだわりといってもいいくらいなのですが・・・

前回の不登校のように、「学校に行きたくない」と言えるか、
もしくは
「お友だちがこんなことを言うから行きたくない」と言えたら
まだ違うのだろうと思うのですが、

今回はいっさい言いません。

そんなところからも想像できることは、
自分を卑下する感情や、
自尊感情を著しく低くしてしまってるのだと思うんです。

そんななか・・・
ぽんたから、少しずつ話を聞いてはいるのですが

やはり、どうやら、
日常的にいじめに近いからかいを受けていたようで・・
その摩擦に耐えられなくなったという印象を受けました。

でね。。。

文科省の定義上では、不登校ということばを使ってもいいのですが、
彼女の毎日の様子を見て、ママが感じる印象は
--- 登校拒否 ---なので、、

やはり、普通級の担任とも話した時には
「登校拒否だと思うんです」
・・・と、あえて不登校という言葉を使いませんでした。


とまあ、こんな感じでお休み中のぽんたちゃん。

どんどん夜型が加速して、
現在の起床時間はお昼近くです。

のーんびり現実逃避中とでも言ったらいいのかしら。。。


でも・・ママも一緒にあまり動かない午後を過ごすようになって
いやいや、、さすがに体重があまりよろしくない事態になってきました。苦笑

せっかく買った仕事用のスーツ

着れなくなっていたら、ちょっぴり悲しいなぁ。
やっぱり11号で買えば良かった。

試着したときに(リバウンドするかもしれへん)て思った直感は
正しかったってことなのかよぉぉぉぉぉ!!!


って、ここで嘆いてもしょうがないので、
まずは、ぽんたの自己肯定感をあげていこう大作戦を
練っていこうと思います。

人生山あり谷ありとは、よく言ったもんだ~

発達障害児にとっての不登校とは。

前年度の三学期後半から・・登校拒否。

いわゆる不登校状態になっているぽんたちゃんです。


もちろん文科省の30日定義を採用するならば
ぽんたはとっくに不登校児なわけなのですがヽ(・ω・; )ノ


で。



今回はこの不登校のことで
少しママの、、、ってかママなりの

考えを書いてみたいと思います。


ママがまだ子供だった頃には

-- 不登校 --

なんて言葉は存在していないのですが、

まあ、、一応いち経験者の考え、ってわけで


この不登校というものへの捉え方も三者三様だと思うので
そのあたりは

「へえ、ぽんちゃんのママはそう考えるのね」程度に
読んで頂けるとありがたいです。



++++++++++++++


ぽんたが完全不登校になる前後、、

いや登校渋りが激しさを増してきた頃から


『発達障害児の不登校』に関してさまざまな著書を読み漁りました。

たいていは児童精神科医が書いた、、もしくは監修したものが
ほとんどだったと思うのですが・・・。


店頭で並ぶものに関しては、
『不登校は二次障害です』という記載にとどまり

「じゃあ、いったいどうしていったらいいの?」
に言及していないものが殆どだったように覚えてるんです。


次に読んだのが、児童精神科医の論文でした。


そこで、
『定型発達児と発達障害児の”不登校”対応は非なる』

つまり・・・・一緒の対応では駄目だ、、みたいな
記載を読んだんですね。。。


もちろん、全部が全部、、といわけではないと思うんです。



まず『不登校』じたいは、

子どもがさまざまな軋轢や問題を抱えてしまい
登校を継続することが困難な状態になってしまった・・

いわゆる緊急避難行動をとったのだと、私は思っていますので。

なので、駄目もくそもない、、ってか、
本人が二次障害を発症してる様は、学校に行かないどころの話しじゃなく
そりゃもうそれどころじゃない・・・んでね、、

まあ、、書いてあることは、おおよその予測は出来るわけです。



で・・・つぎに、
不登校カウンセラーをされてる方などの書かれたものに
いきつくわけなのですが、、、


そこには、

『心が疲弊してしまってる状態』なのだから
しっかり休息と充電をしていきましょう。

子どもの好きなことを思う存分させてあげて下さい。

低くなってしまっている自己肯定感を
あげるための出来ることをしていきましょう。


みたいな、通り一遍のことが書かれています。


だいたい一緒です。
てか、そこは、わざわざ読まなくても当人がそうしてました。
ある意味、、子どもが教えてくれるわけです。


ここで・・

ママが思い出すのは『自分が中学の時の経験』なんです。


中3の大半は学校に行けなくなったのですが、
原因は友人関係のつまづきでした。



ちなみに、ここではママも軽度の発達に関する・・
凸凹があったと仮定しています。



私は中学に入るまで、『あまり喋らない子ども』でした。

友人関係も自分から話しにいくことはあまりせず、
誰かが話しにきたら相手をする程度。

幼児期から学童期に至るまで、
友達とのいざこざに巻き込まれたこともなく、、

というより・・・『トラブルに巻き込まれるまでに至らなかった』
ほうが正解で、逆にそれは、

中学に入ってからの自分の内面の変化、

思春期と反抗期がセットでやってきてしまい

衝動的な行動や言動がどんどん加速的に増え、
反抗心を露わにするのがカッコいいと勘違いしてしました。

もちろん、いわゆる「類友」的な友人が出来るのですが、

そこから一気に
友人関係のトラブルに巻き込まれることになったんです。


ところがトラブルに巻き込まれてから・・・・

どうトラブルを解決したらいいのか分からない。
友人だと思ってた子にこんなことを言われてしまった。



自分に何か非があったからこうなったんだ。



百ゼロ思考を発動させたのは、いうまでもないのですが

実は幼少期から自閉傾向があったため、、
対人恐怖や場面予測が出来ない不安が強くでたんです。


そうなると、、

トラブルを解決したい気持ちは十分あるのに
そのための交渉としての一歩が

怖くて怖くてどうしようもない。。。。


この素質は、実は今でも残ってるママです。

まあ・・経験が物を言う場面も増えたので、、、
子どものそれとは、だいぶ気持ち的には緩和されましたが。



でね、どんどん登校・・・に対して、気持ちが持ち上がらなくなり
実際身体症状にも表れるので(とくに朝)、

遅刻、もしくは登校出来ない状況が長く続きました。



ところが、、この「長く」続くのが、本当は何より辛かった。

ずーっと自分の内面に引きこもり続けることは、

『自分を責め続けること』だったから。


不登校に関する書物を読むと必ず出てくる

『見守りましょう』


でも、私は当時を思い出すと、それが正解だとは到底思えなくて。


「見守ってなんかほしくない!」
「あたしは解決したい!」


対象友人の固定観念が過度なものなら諦められるよう、
別の場所でやり直してみたい!


「だって・・・悪いのは本当は私だけじゃないはずだから」
「自分そんなに悪い子なの?」


見守ってほしくなかったんです。

そんなことより、人間関係のもつれを正せる?

もしくは
「こんな時はこうだったけど、こんな考えもあるんだよ」

って誰かに説明してほしかったし、


友人関係のトラブルは、誰でも経験することなんだよって
教えてほしかったんです。



人によっての色んな考え方や、

家庭での事情も違う、もちろん性格も違う
それが自分の付き合ってる友人なのだと


あなたが怖がる以上に
相手も「どうしてなの?」って思ってるかもしれない。

あなたが不安がる以上に
相手は何も考えてないのかもしれない。




当時、まだ14やそこらの少女には
どうしても導き出せない・・分からないことでした。

いや、『言葉』で聞いても理解出来なかったかもしれない。


だからこそ、この不安と混乱の中に、、、

見守るんじゃなくて、入ってきてほしかった。


+++++++++++++++


発達障害児であっても

知能が高い子、自閉が薄い子はちゃんと相手を見ています。


ただ、どうしても・・・いわゆる「認知の歪み」というか、、

相手が見えていても、表情や言葉の捉え方が定型のそれとは違ったり
その時その時での感覚やメンタルの状態でも受け取り方が違ったりするので

『本人では解決出来そうにないトラブル』に発展してしまうことも
多いのだろうと思うんです。


だからこその第三者の介入は、然るべき時には必要だと思うし

そこが原因で不登校になったとしても、

長期間、本人のメンタルを健全な状態に保てないまま過ごすのは
成人後の予後にも、当人のもつ不安因子としてその素質が残るかもしれません。


定型発達の不登校児との違いは、やはり特性にあると思います。

「だから自分は駄目な子なんだ」

その思い込みの強烈さは、
定型児とは遥かに度合いが違うのが発達障害児です。


そして、そこから、、、

身体症状や精神状態を、自分でさらに負の状態に追い込むことも、
あまりなまでのこだわりの強さから発揮させてしまうことも。。。

いわゆる、二次障害の二次障害。三次障害ですね。



そこまで行ってしまわないように、、、

もし我が子が発達障害児と診断されていて、、の
不登校状態になってしまった時には

やはり負の部分での特性を加速させないような対応を
少しずつでも、、模索しながら生活する必要があるんじゃないかと思っています。



ぽんたも四月から4年生。
周りの子達も10歳の壁に突入してくるので、さらにしんどいことが増えるかもしれません。


あ、てか、まだ登校へ気持ちは持ち上がってないのですが、
きっかけ一つで彼女は行くような気がしています。

同年齢の子たちとの関わりが、
結局は、、何よりも彼女自身のメンタルをあげているのですから。






今日も読んで頂けてありがとうございました。




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