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はじめまして



現在我が子ぽんたは小学6年生。
3歳の時に広汎性発達障害と診断を受けました。

発達障害を持つ我が子との生活のなかで
ママ視点での気付きや考察を綴っております。

はじめて訪問された方は
ぜひ「はじめに」のカテゴリからご一読ください。

↓そしてこことは別にむーにの日記的ブログも書いています↓
なきむしでいいじゃん♪

どちらももし良かったらお付き合いくださいね(。・ω・。)ノ

理解しあうことが関係を作るうえで何よりも大事なんだね。

訪問ありがとうございます(*'-'*)ノ
相変わらず、気まぐれ登校中のぽんたちゃん。笑

録画してあった”繰繰れ!コックリさん”を見てから
のんびりゆっくり登校するのでした~

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先日の記事を書いたことから

改めて、親と先生たちとの関係が
ぽんたの対応にも影響してしまったことを実感していたママ。

やはり、たとえ親だろうと
非は認めて、きちんと
「謝らなくては」と思いました。



ねえぽんた。
ぽんたが不登校に入る前に
ママと一緒に支援教室に行ってたころ

ぽんた、「支援教室で遊びたい」って言ったのに
先生は結局プリントしかやらせてくれなかったことを
ぽんたは覚えてるん?


はじめ、ぽんたは黙って聞いてまして。。。
てか、否定もしなくて。


実はね、ママ思ってたことがあって

ぽんたが入学した時から、つい心配で
もしかしたら支援の先生に、ママ言い過ぎてしまったのかなって

あ、言い過ぎるほど言った記憶もないねんけど
おたよりとかにもね、、やっぱ書き過ぎたかなって・・・。

ぽんた、支援教室でほかの子たちに対する先生の様子をみてて
「自分は可愛がられていない」って思ってきたんでしょ?

○○くんや○○ちゃんに話すときと
同じように話してくれない先生を見るのは
本当は辛かったんだよね?


そう話すと。
みるみる ぽんたの目に涙があふれ・・


ママも、学校の先生と密に関わるなんて
初めての経験だったから、よく分かってなくって
もしかしたら やりすぎちゃったのかもしれない。

もしそれがね、支援の先生たちが
ぽんたにキツく接した原因だったとしたら

ママはぽんたに謝らなくちゃいけない。

ぽんた・・本当に、本当にごめんね。


「うっうっうっ・・・・・うえ~~~~んんん!!!」
声をあげて泣き出しました。


で、やっぱりそうだったのだと知りました。
支援の先生に、ぽんたも他の子と同じように接して欲しかったのだと。

なのに、そうじゃなかったのだと。


しばらくの間・・・
ママの膝に突っ伏して
わんわん泣いたぽんた。。



でね、

あらためて、

今の担任の先生はよくぽんたを見ていて
本当に色々考えてくれてることを話しました。

そして、

ママに悪いところもあったのに気付いたから
今の担任や、今の支援担とは
いい関係を作れるよう頑張ったし、いい関係になったんだよ。

だから、ぽんたがこわい思いしなくていいように
色々調整できるから、安心して学校に行っていいんだよ。

そう、伝えました。


ぽんたは・・・。
泣いて鼻水が出ちゃったので、ティッシュでスンスンしながら

「でも先生、みんな怖いもん」
そう言ってました。

そうだよね、当たり前だよね。
そんな簡単な話じゃないところまで行ってしまったから
学校が怖くなって不登校にもなったんだもんね。

本当に本当に
バカな親でごめんね。。。



こんな話をして、泣いちゃったあとなのに、
ちゃんとその後用意をして登校したぽんちゃんです。 エライゾー!


あ、しかも

偶然にも先生とも話すことができて、

あらためて、入学後から今まで抱えてた
ぽんたの色々なしんどさを伝えることができました。

ママも、いろいろ言い過ぎてしまったことから
先生たちとギクシャクした関係が続いてきたことを
打ち明けることも出来まして。


やっと、これから支援として繋いでいけるような
具体的な一歩が進んだような気がしています。


とにかくね、今までぽんたは先生に
”自分は受け入れてもらえてない”と
感じ続けてきたんです。

そこが一番、乗り越えられなくて苦しんでた
ぽんたの問題だったのかもしれなくて。。。


でも、理解しあえることが
どれだけママに安心を与えるかを
本当にはじめて知ったのでした。


ぽんたを思ってくれてる人は

本当は、ぽんたが思ってる以上に多いってことに、
ぽんた自身が気づくまで

ママを含め、みんなで伝えられるように
まだまだ頑張れそうな気がしてきました。




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読んでくれて、ありがとうございました。

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だったら療育なんてしなかったら良かったの!?

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今回のお話は、
ぽんたがまだ1年生のときのこと。


出来ることなら
封印してしまいたいくらい

ママにとっても
もちろんぽんたにとっても
色んなことがあり過ぎたあの頃のこと。





「少しずつでも視覚から分かるように」

家庭でスケジュールを使用するようになって、

これまた本当に少しずつだけど、
身辺自立の足掛かりも出来始めていて、、、

大変だった毎日に
ちょっとだけだけど、明るい兆しがあった入学前。


もちろん、家庭でのそうした工夫や、
園内での視覚支援の様子なども伝え

ぽんたの小学校生活は始まりました。


まぁ・・・どこまで先生たちが
ママや幼稚園からの申し送りを
噛み砕いて聞いていたか、、

つまり、理解しようとしてくれていたかは
実際のところ分かりませんが、

「うん、まあ大丈夫でしょう」
「分かりました」

そう何度も言われておりました。。。


そうして入学式が終わり、
ぽんたにとって新しい生活が始まったわけです。



どこも新1年生は似たようなものだと思うのですが、
最初の1週間なんて、混乱のるつぼ。笑

健常の子ですら慣れるのに時間がかかるのは当たり前で
たしか・・・ぽんたはほぼ固まっていたか、
脱走に近い逃避行動を取りまくっていたように覚えています。


そうそう。


すごく大人しかったんです。
というより、やっぱりかなり固まっていたorパニックだったかも。。。

だから

「なんだ~、心配するほどじゃなかったのね~」

そうホッとしてるようなニュアンスも
少なからず支援の先生から聞かされるようになりました。

そのかわり、下校時、校門を抜けてからの
爆発的パニックはハンパなかった・・・。

周りの白い目線なんて物ともせず、
絵本袋を投げつけ、ランドセルを背中からずりおろし
地団駄を踏みながら、言葉にならない「きーきー」した感情を
爆発させている。。。


あ。

今、思い出したんだけど、
不登校前まで、「他害」酷かったんですよねぇ。

いやぁ~、、忘れちゃってた。笑

ママの足は、ぽんたに蹴られてしょちゅうアザだらけ、
身体も、前から後ろから、しょちゅう叩かれてました。



で・・・それでも、学校では固まりまくってたぽんた。


4才ではじめた家庭療育では、
身辺自立や、予告を使った気持ちの切り替えなど
”大人になった時にも役立つスキル”を目標にしていたので、

先生たちから、すごく落ち着いて見えたらしいんです。

「やれば、できるじゃん」と。

つまり・・・凸凹の、デコ凸。
突出した部分に、先生たちの見解がフォーカスするようになってしまった。


そうすると、、


・・・・そうなんです。


入学してから、1カ月も経たないうちに、
厳しい指導が行われるようになりました。

もちろん、
45分授業の着席は「まだ難しいだろう」と、
休憩室でのクールダウンは行われていましたが、


愚図るぽんたに対して、
長い時間をかけて指導が入る・・・ことが時々あり

短期記憶が弱く、長文理解が難しいぽんたにとって

それは、
ただただ苦痛の時間だっただろうことは、

今になって思えば、
「どうして気づかなかったんだろう」
ということだらけです。


私、ぽんたが1年生の時に、
何度も何度も思ったんですよね。


少しでも、ぽんたが少ない苦痛で理解が進むように
家庭療育を始めたのが、

逆に「やれば出来る子」って、
先生に思われてしまうなんて予想もできなかった。

しかも、それが厳しい指導に繋がるだなんて、、、


だったら、家庭で療育なんて しなきゃ良かったの!!??


分からなくて、泣いて愚図るままのぽんたのほうが
学校の先生にとっては理解しやすかったの!?




・・・じっさい、平均して知的に低い子に対しては
言葉も対応するときの姿勢も、

比べるなんてしちゃいけないのかもしれないけど

---- 対応が優しいように見えました。



そして、家庭でのぽんたの様子を伝えるママの言葉には、
「過剰な心配」
「お母さんはみんな心配しすぎるもの」
だという反応をされ続けました。


ははは・・・ これ、もう二度と書きたくない。泣


実はね、今回の記事の題名とまったく同じ言葉を

ぽんたと同じような発達ちゃんを育てているママ友も、
まるきり似た時期に言ってるの。

「療育したばっかりに、子のしんどさが理解されない」


新1年生はとくに、定型発達の子も含めて
みんな混乱しながら、小学校という新生活に慣れるまで
混沌と日々が過ぎていきます。

ある意味、きちんと療育を受けて
「こうすべきだよね」が身についてる発達ちゃんのほうが
落ち着いて見えるんですよね。。


でも、

実際は、

「そう見える」だけだったりするんです。

感覚過敏(触覚や聴覚など)の問題もあるし
初めてのことに対する不安がとても強い特性に
変わりはありません。

周りの子供たちが混沌となっているそのけん騒に
ついていくどころか、

ただ、気持ちを押し殺して我慢している。

それが、校門越えパニックに繋がっていたんだと思うんです。



と・・・ここまで書くと、

これから小学校への入学を控えているお母さまには
すごく不安を与えてしまうかもしれませんが、、、

だいじょうぶ( *・ω・)ノ


そういうことがあると、頭で理解しておけばいいんです。



支援の先生にも、こう伝えておいたらいいのよね。


家庭でも、療育施設でも、療育を受けてきたので、
他の新1年生たちより、今は落ち着いて見えることも
あるかもしれません。

って。



あーあ。

私が、当時の私にそう伝えてあげたい。笑



でも いいんだ。

今も、目の前のぽんたと、こうして生活していて、
きっと・・・高低差が激しい成長曲線だとは思うけれど、、
彼女なりに今も成長をしている。

時々ママはその手助けをするだけで、
あとは、彼女の生きる力。


今を精一杯生きるだけなんだもん。
そして、それが幸せなんだ。





みんなもね♪今日も笑顔な一日を♪

子どものほうが、実は強くて大人だと思う。

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今朝もさむーい朝になりましたね~。。
ここ、むーにの住んでる当地はまだマシなのですが、
北にあがると数度下がるんですよね、ひーぃぃさっぶーい(=ω=; )

みなさん、ババシャツ・パッチはしっかり着込んで笑
あたたかくして過ごしましょうねw


さて、慢性胃炎なのか、神経性胃炎なのか、
ドクターからは「しっかりセディールも飲まなアカンねんで!」
なんてお叱りも受けたので、

珍しく本当に言うことを聞いて、しっかりセディール(抗不安薬)を
ここのところ飲んでいたママですが・・・。

なんか、最近の私って、「躁」じゃない?
アメーバからの繋がりさんやら、まぁあちこちコメントを入れに行くのですが



どっか、タガが外れてる自分を感じる・・・自分。^^;

これ、いつもの私じゃないわ。
なんて、クレヨンしんちゃんのネネちゃんばりに
右往左往してまして。笑

・・・・ふぅぅ (心の深呼吸~)

あ、でも、そういえば

胃が痛い瞬間が、少しずつだけど減ってきてるかも♪
これはいいことじゃないか~♪♪

--- と、いうことで、

もし、むーにのイケイケムードに我慢ならん!ときには・・・
まあ・・こっそり「×」とぽちっとして頂けるとありがたいです。

すみません すみませんっ

よろしゅうお願いしますよってに。。

って、ほらねー( ;-_-)
こんなこと言わないでしょ?ふつー。

やばーい、なんでこんなにハイなんだろう~。
ほんっま、マジめっちゃごめんなさーい。




で・・

前置きが長過ぎましたが。笑



最近のぽんたも、ママと少し似た感じだというか。。笑

とっても明るく、
「こんなことがあった」だの「こう言われた」だの・・
クラスでのひとコマを喋ってくれるようになりました。

とはいえ、いまだに五月雨登校。

もう目が覚めた瞬間から
「きょうはムリ」
そう言って、どよよ~んと動けない日もあれば、

何時に目が覚めようが
「絶対学校に行きたいの!」
と頑張る姿も見せてくれています。

・・・・

ぽんたの中に、なにか、彼女なりの”ものさし”?があるというか
「行ける」「行けない」の尺度があるんでしょうね。

本来、健常なら

「そんなん言っとらんと、はよ行ってきーや!」
と、登校させるべきなのでしょうが。。

記憶が解離をおこすほど、
心に大きく傷を残してしまって

原因となった学校から離れて
完全不登校を選択をしたものの・・・

ぽんたは、

安定するどころか
自分の苦痛とまっこうから向き合って

ほぼうつ状態になり
笑い声の奇声や、うなるような叫び声を
時にあげて

恐怖と闘い続けた・・・


そして
眠るたびに襲われる悪夢に怯えて

「だから眠りたくない」と
ひどい時には
24時間、起き続けたこともあり。。。


だから、ね。

彼女の尺度で、今はOK♪

心の安定が何より今は大事、、というか
彼女の”ゆらぎ”は、彼女にしか分からないので

ぽんたペースでの登校を続けています。


そんな中で、

明るくクラスでのことを話してくれるようになってきて、
ママも本当に嬉しい(〃▽〃)

そして、やっぱり家の中が
明るくなるんですよね~~♪


昨夜も、

「あんなー、○○くんが”2時までになんとかが出る”て言うんだよー」
といきなり言いだした。

? また妖怪のはなし?

「ううん。”2時すぎたらでなくなるから寝たほうがいいって”」

ああー!
もしかして成長ホルモンのことじゃない?

「そうそう!ホルモン!それは2時までに出るから眠ったほうがいいって」
「○○くんがお母さんから聞いたって、ぽんたに言ってん~」


ホルモンの話をしている二人を想像して
なんや、まるで夫婦の会話みたいやぞ?

なんてお腹を抱えたくなったママでしたが 笑

『そうなんやー、わざわざ教えてくれるなんて優しいじゃんー』

と返し。。。


なにげなく、「起きておいでよ~」みたいなことを
言ってくれるクラスメイトがいることに

本当に嬉しいね~ぽんちゃん

そう思ったのでした。


あ、

だから、「行きたい」気持ちになるんだろうね~
ありがたいねぇ~


こんな風に

日常のさりげない小さな関わりの積み重ねが
今のぽんたを育ててくれてるんだろうね。。


それが分かり始めてきたから、
ママも明るくなってきてるのかもしれない。

子供たちの方が
ある意味、強くて 大人なのかもしれないよ。

そんな風に思ったのでした。



今日も読んで頂けてありがとうございました(^o^)ノ



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一生のなかでの学校という立ち位置は。

三連休もあと二日ですね~。
なんか寒くてどこにも出かけたくない・・・
そう思うのはママだけで、

本当
パパもぽんたも元気いっぱいで
何だかそれを見てるだけで
やたら疲れたママでした(苦笑)


気が向いたら
「見たよ~」ってぽちっとしてみてくださいね(*^─^*)

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これを読んでる方は、
もうすでに”学校”というものを
卒業されてる方が大半だと思います。


人生が、もし・・・
たとえば80年はあると
仮定するならば、

小学校・中学校・高校の
6・3・3 で、12年。

おおまか、というか乱暴な表現かもしれませんが、、
人ひとりの一生のなかで、その人生の1/6は
学校という場所に通ってることになるんですね。


しかも

この世に生れ出てから、
天文学的な数字になるであろう
細胞分裂を繰り返して、

身体もこころも
ものすごい勢いで変化しながら
成長する

とても大事な時期に、

子供たちは
学校に通わなければなりません。



あ、思い出した。

ぽんたの完全不登校を
私とパパで支持するということを

学校の管理職に
伝えに行った時の話です。


そのとき、何度も校長は
こう言いました。


すべての子供には
教育を受ける権利があるんです。


なんか政治家っぽい主張だよね。。

いや、でも正直な話、
たしかにそうなんですが。


その時は
ぽんたの状態がそれどころじゃなかったので

パパもママも

心身を守る権利もあるんじゃないんですか

って思っていたのが
当時の実情なのですが。。



でね。


戦後のベビーブームとともに
やっぱり”学校”というものが

少し変わってきた。


どう変わってきたかっていうと。。

まず子供の数がめちゃめちゃ増えた。


ママが子供の頃は
第二次ベビーブームの走りだったので

ある程度、都市圏に入る
市内の小学校になると

ひと学年5~6クラスなんてのが当たり前。

ママより数年下の子たちなんて、
10クラスもあって、

「教室が足りない」状態でした。


あ、「3年B組金八先生」も、

あの有名な「腐ったミカン」の話の時には
ママもちょうど中学生だったので、

教室や学校という箱ものも
もちろんのこと

教師の素質?にも
焦点があたりやすい年代だったのでは・・

と思います。


ボクのせんせいは~~ヒーロー!
嵐を巻き起こす~~ ↑ フィーバー!  だったっけ?( ;^ω^)

なんて歌も流行った
「熱血時代」(水谷豊主演)は、

そのずっと前でしたが、、


そういえば、

夕陽丘の総理大臣
とか
朝日が丘の大統領
なんていう

何だか今思えば
めちゃめちゃベタなネーミングの
学園ドラマも流行ったりしましたよね~。


あ、やばい。
なんか話がズレていきそう・・。


でね、

その頃、ママと同じように
学園ドラマなんかを
見ていた人たちが

今、
先生になってるんだと思うんです。


その先生たちと
ぶっちゃけ話をしたことはないのですが・・

大学を経て、今先生になってて、

で、どうですか?
自分がなりたかった先生になってますか?って

聞いてみたいな~って、
ふと・・思って、この記事を書いてみました。


今の子供たちもそうですが、
私たちが子供のころもそうですが、

一番多感な時期に
学校に通って学ぶのは

勉強だけじゃないと思うんですよね?


人との関わりや
自己の確立や自己表現・・

会社とかじゃ、ここまで人はいないよね?
なくらいのたくさんの人がいる、、
”学校”っていう特殊な場所・集団で

成人して社会に出る前の
社会の縮図を
経験するんですもの。。。


その立ち位置たるや

そりゃあ、すっごい影響力なんだと
思うわけです。


凄すぎる影響力なので、

それこそ、
それが人生のすべてのような
錯覚を子供が起こしても

ある意味当たり前としか
いいようがないと思うんです。



ぽんたが不登校になった時、

他に居場所は無いか、、と
フリースクールに見学に行ったり、
適応指導教室のことを調べたり

本当に
家族で右往左往しました。


でも、ぽんた自身が
そのどれにも居場所を見い出せなくって、、

結局、彼女自身が
自分から登校を決めたのには

それは・・・
どの子供も
幼稚園を過ぎるあたりから

”自分もどこかに属さないといけない”ことを
自然と刷り込まれてしまう現実が
あるんじゃないかと

ママもふと思ったりしています。

なんか
難しいことを書いてるかしら・・。
長文になってしまって
ごめんなさい。


でもね、、

だから。


本当はまだまだ小さい子供たちを
慈しむように、

その身体もこころも

大事に育ててあげられる
世の中になったらいいなって
心から思うんです。


学校と言う役割が
その全てを担うなんてのは

ある意味、
無理、、ですよね?


それは、親もふくめて
すべての大人が

自分の子供時代同様

あらためて
振り返ってみても

いいんじゃないかな?


そんな時期に
きてるような気がするんです。。



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うーん、またもや
思いつくまま書いてしまいました。

長くなってごめんなさい。
読んでくれて、ありがとう(*^─^*)

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発達ちゃんを集団生活に出すってママも勉強なんだよ。

こんにちは(*^ω^*)

昨日の記事の続きを

また、つらつらと・・

ぽんたのママとしての経験からになりますが・・
だからどうしても個人的主観が出ちゃうと思うんですが
(暴走しちゃうかもだけど)

まあ、かるーく書いてみますので
良かったらお付き合い下さいね( *´艸`)


「見たよ~、見た見た」って
ぽちっとしてみてね(*^ω^*)

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我が子が診断を受けて
そして特性として受け止めるようになると・・

それも就園就学前だったとすると・・

親として
すごーく不安なのは

ある意味、当たり前だと思いません?



私・・すっごい不安で不安で、、

入学前、、

同じ発達ちゃんママ友と一緒に
色んな心配や不安に思う気持ちを
打ち明け合ったりしたものでした。


そして、そんな気持ちを

療育園の先生や、センターのスタッフさんにも
打ち明けていたんです。


ああ、たしか入学前だったよな~。。


そうすると、どの先生も
口を揃えてこう言ったの。

「お母さん、最初が肝心やねんで。」
「ぽんたちゃんの事、しっかり伝えてこうな。」

・・・その言葉に励まされ、
私もすっかりその気になってました。

で、実際学校側にも機会があるごとに
伝えていったんですよね。。


『こんなところが難しいみたいなんです。』
『こうゆー時はこうなっちゃうんです。』
エトセトラ エトセトラ・・・


まだ入学前の・・年長の二~三学期からも
何度も何度も支援学級に出向き、

パパと二人で話したこともあれば
(最初、支援学校を選択していたので)

ぽんたを連れて
学校内の見学をしたり、、

ぽんたも、ママたちが喋ってる間中
養護の先生と遊んで待っててもらったりして、


うん


一生懸命だったママは
学校の先生たちとも、

療育園の保育士の先生と話すような感じ?
っていうのかしら

つまり、、打ち解けた気に、
少しだけど、なっていたんだ~。


でも・・四月になって、入学式。

ふたを開けてみたらやっぱり違ってた。


ぽんた自身も、小学校っていう
大きな集団で固まっていたんだと思うし

だから、

まさか校門を抜けてからの爆発的パニックや
家庭での色んな不適応症状も

今になって思えば
そこは通るべき道だったんだろうけどね。


先生とぽんたのことでの解釈?って言ったらいいのかしら・・
すれ違った一番の原因に

校内の様子と、家庭での様子
との違いにあったんだと思うの。


でも、先生方にしてみたら、

---見てないものを、どう理解したらいいの?---

だったんだよね。


うん、分かる。
そうだよね~~。


見てないものを理解しろって

今になって思えば
難しいに決まってるじゃん。


だから、今はこう思うの。


学校側には伝えるよ、これからも。

でも、そこで理解できなかったら、
「あ、理解できないんだ~」って
それ以上無理強いする必要もないんだなって。

ん?

無理強いって言い方も変かな?

こう・・なんていうのかな、、

「何で理解しようとしてくれないの!?」って気持ちを持っても、
「しゃあない」って諦めたらいいのかしら・・・。


先生って、「勉強を教える」ことに関しては
一応大学で学んできてるんでしょうけど

発達障害に関しては

人によって「寄り添う気持ち」の度合いが
天と地ほどの差がある。

こればっかりは正直否めない。


だからさ、

結局、ぽんたが目の前に居る時は
今まで通りフォローするし、出来るんだけど

学校に行ってる時?
幼稚園に行ってる時?

この時はどうしようもないじゃん。
自分の手から離れてる時のことは・・。

おまかせするしか、ないんだもん。


でも、だからって向こうからの要求を
ママはぽんたに強要出来ないこと、いっぱいあるじゃない?

その時は、先生にばっさり言っていいと思うのね。

「ああ、それはどう頑張っても出来ないみたいなんですよね~。」


で、あとは何気に
「先生におまかせしますよ」みたいなニュアンスは
しっかり匂わす。

だから、うちの子のこと頼みますよ。って・・・


幼稚園に2年、小学校に3年通って
ママが学んだのは、そこでした。


ぽんたは、こんなとこで困ってるみたいなんです。
学級での様子はどうですか?

で・・
先生がそのことに対して話してくれたら


そこからは、
「本人が主」
「ママは外野としての意見」

いわゆる本人と親の境界線を見せるんです。


そして、

「先生も色々忙しいでしょうに、すみません」
って、一言、相手を気遣い、立てる。


今はこんな感じで
学校側ともやりとり出来るようになりました。


最初からこれが出来たら
やっぱり何か違っていたのかもしれないけど

後悔してもしょうがない・・

色々あっての「今」なんだから。


あれ?
また、まとまりがない記事になってしまったかも~


今、目前に就園就学を迎えてる方・・
応援してますよ~ (*'-'*)ノ

みんな通った道

がんばろうね~~~(*^ω^*)


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