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はじめまして



現在我が子ぽんたは小学6年生。
3歳の時に広汎性発達障害と診断を受けました。

発達障害を持つ我が子との生活のなかで
ママ視点での気付きや考察を綴っております。

はじめて訪問された方は
ぜひ「はじめに」のカテゴリからご一読ください。

↓そしてこことは別にむーにの日記的ブログも書いています↓
なきむしでいいじゃん♪

どちらももし良かったらお付き合いくださいね(。・ω・。)ノ

(加筆)認知の歪みと簡単に書いてあるけれど。

訪問ありがとうございます(*'-'*)ノ

秋の空が心をざわつかせるのか・・・・。
この数日で、なぜか日々の思考をアウトプットしたくなってきたむーにです。笑


相変わらずの、まとまりのない記事になるかとは思いますが、よろしかったらお付き合いくださいませ。







さて。



『認知』



この言葉を聞いて、普通、人は何を思い起こすでしょうか?


高齢者に多く、最近でよく聞く言葉で「認知症」というものがありますが・・・。
それでしょうか?


それとも、運転免許を取る際などに何度も出てくる言葉にも、「認知力」というものもありますよね。
じゃあそれかしら?



認知・・・・。




*****************
にんち

認知

  《名・ス他》これこれだと認めること。

  •法律上の婚姻関係によらず生まれた子を、その父または母が自分の子だと認める行為。
  •外界を認識すること。

******************




発達障害は、脳機能の発達が関係する生まれつきの障害であるとされています。

ちまたには広義の解釈として、認知の歪みを生ずる障害ともあります。




「なに、それ?認知って?」


色んな著書を読んでも、(ハテナ?)だし、実際、遠い過去の話ですが、ぽんたの保育状況に関して配慮をお願いしようとして、でもうまく伝わらずに幼稚園の先生とトラぶった時に、つい格好つけて「でも認知力は・・・」と話し始めた途端、「認知でしょ!?知ってますよ!!!」と強硬な姿勢をとられてしまった・・・・という失敗も経験しているママ。笑


広汎性発達障害という診断を受け、早や7年。。。

ちょっとずつ、(あ~・・・これが認知の歪みってやつなのかな)という感触をつかみつつも、「これだ!」という結論に至らず。



私にとっては、難しい単語のひとつだったのが「認知」だといっても過言ではないわけです。



そして、、、、ぽんたが現在、少しずつながらでも発達と成長を遂げるなかで、やはり彼女の「認知力」はどんどん傾倒してるものを感じることも少なからず・・・・、、いや実は、かなり多くなってきたんです。






あ、今回、この記事を【学習障害】のカテゴリにいれた理由を挟みたいと思います。



実は、前回受けたWISC-Ⅳの検査結果と、発達外来の主治医から預かった紹介状をもって、大阪府内にあるLD(学習障害)に特化した専門医を訪ねたときのことです。


まず、ぽんたと先生が二言三言、簡単な会話を交わしました。

たしか内容は・・・・


ぽんたちゃんは、おともだちとどんなことをして遊んでいるの?
ぽんたちゃんは、お勉強で困ってることはないかい?



・・・・そんな感じだったと思います。



ぽんたはぽんたで・・・・


おともだちと遊ぶときは家が多いです。
みんな「家に呼ばないで」っておうちの人に言われる子が多いから、、、だから私の家に来るんです。


お勉強で困ってることはないです。
うーん・・・・国語はちょっと苦手、、、です。





おいおい、算数の繰り上がりや繰り下がりもよく桁書き間違えて、エライことになってるやないけ。

・・・・国語かよ!?



なんて。笑

心のなかでツッコミを入れつつも、二人の話を聞いていました。

次は、ぽんたは廊下で待たせて、ママと先生の面談の場になりました。

そこで、いきなり先生はこう話しだしたんです。



たしかにぽんたちゃんはLDの傾向を強く持ってると僕は思います。

彼女はどちらかというと、プロセスを考えるという作業にすごく苦手さを持っていますよね。

学習に関しては、とくに「正面突破」「一発百中」というものが好きなのでは?


お友達と遊ぶときの話でもそうでしたよね。

「お友達はぽんたの部屋に来たがるの」
それ以外は、言葉として出てこなかった。

つまり、彼女にとって、それ以外のプロセスがないものとされてしまう。


もしかしたら、友人関係でも色々なしんどさを抱えてはいないですか?






おおおおおおお!!!!

あれだけの会話でそこまで察してくれる?なにそれ、びっくり!!




そっ!そうなんです~!

お友達が家に遊びにきても、す~・・・っと、ひとりリビングに降りてくることも多くて。
皆が部屋で遊んでるのに、いきなり一人でお絵かきをはじめていたり。



お勉強もさっき「困ってない」って言っていましたけど、算数は、まだ繰り上がりと繰り下がりの練習をくりかえしているので、支援級でのハードルじたい彼女的に困難は抱えてないと思います。
多分、文章問題の読解のほうが見ていると難を感じるというか・・・・単語だけをひろって勝手な解釈ですすめようとして答えを間違えるほうが断然いまは目立っているんです。






そのたった二言三言の会話のなかで、彼女が自分の意思で発した言葉から、彼女自身がもつ認知志向の一部を伝えられ、、、、


こ、、、これが、、プロ!なのか!?



そう、マジで、びっくりとともに、歓喜に震えたママなのでした。







例えばですが。


ぽんたが何らかの場面に遭遇したとき、それをどう理解するか。

ぽんたがある会話を聞いていて、それをどう受け、どう捉えるか。

学習の場面では、問題文を読み解けるか。数字の羅列を見て、それが「量」だと認識できるか。




それが、毎日の生活のなかで、見えるもの・聞こえるもの・感じるもの・・・五感のすべてにおいて、認知という脳内変換が行われてるんだと思うんですよね。


それが、人間という生き物なんじゃないかとも考えるんです。



すみません、、、すごく独特な考え方かもしれませんが・・・・。





日々のなかで膨大な情報量を脳内処理をしつつ、生活のなかで当たり前のようにこなしているのが、定型と言われる人たちなのだとしたら。


特性を濃く持っている発達障害者は、その脳内変換のどこかで誤認知してしまう認知力を抱えているのかもしれなくて。




その誤認知の量が、圧倒的に多すぎて、個人のなかでのキャパシティを超えてしまった時、、、いったい・・・その人はどうなってしまうのでしょう。






ぽんたの入学前。

幼稚園生活のなかで、彼女はいつも笑顔ではにかみ、時にパニックで泣き叫び、それでも「憎めないわぁ」と加配の先生たちを和ませていたことを思い出します。


残念ながら・・・・支援担の恫喝から始まってしまった小学校生活では、その姿をみることは一切無くなってしまいました。



始終困難を抱えながら、そうと分からないように、知られないように、緊張感を保ち続け、かたく表情を緩めないぽんた。




家庭で、ママと二人でいるときは、まるで別人なのに。。。。

ママはいつものように、彼女の隣で、そのすべてを、すべてを、すべてを。



まるで「そのすべてがぽんたなのだ」と、当たり前のように受け止めながら・・・・日々を過ごせる。


そこは変わらずに、変えずにいきたい。



歪んでる認知が、彼女にとっての認知ならば。

それは、彼女にとっては、歪んでないものなのだと思うのです。




そこを知って受け止めてから・・・・本来の事実を、そして矯正が出来るのだと、そう本気で思うからです。






今回も読んでいただいて、ありがとうございました。



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『わたしなんかのために、泣いてくれてありがとう』

訪問ありがとうございます。


前回アップした記事の題名はそのままに、少し内容を変えて書きたいと思います。
ブログ村のほうにも、同題名が載ってしまっておりましたが、これも削除いたしました。


まぁ昨日は、、、途中から涙、涙、、で、おいおい泣きながら、感情の爆発にまかせてのイッキ書きをしてしまったのですが。






・・・・・・



あとから再度読みかえしてみればみるほどに。。








ヤバい。

この書き方じゃ、現在のぽんたちゃんを、暗にバラしてしまってるのと同じじゃないか。。


なにが、「ご理解ください」だ、バレバレだぞ!?



ちびまるこちゃんのごとく、ママの顔に縦線が「ザァァァァァァ!!!!」な状態。






なので、少し、考察を織り交ぜて、書き直してみます。

ここを訪問された方にとって、少しでも慰めとご参考になればいいのですが・・・・・。









さて。


カテゴリを新たに追加しました。

【トラウマ・PTSD】です。

もし現在も、そのキーワードでこのページに入ってしまって、傷つく体験をまたするんじゃないか・・・と想像できるかたは、ここから先は自己責任でお願いいたします。

『こわいもの見たさ』は、おすすめできません。


ぜひ、もっと違う内容の、、、気持ちが楽しくなるブログへ移動ください。
心から、お願いいたします。















トラウマという言葉も、PTSDという言葉も、実際にこう書いてしまうと、まるで重みがなくなってしまうように感じられてしまうのが、本当に不思議なのですが・・・・。

実際に経験されてる方、今もなお、その渦中にいる方にとっては、相当にキツイことなんじゃないかと思います。








恐れながら、、私にとっては。
それは想像でしかないのですが。


ぽんたを見ていて、思うのです。




トラウマを抱え、PTSD状態に陥るということは、その単語の意味する通り・・・・。

精神状態、心理状態、すべてをひっくるめて、、「心の危機」を表すのかもしれないと。



本人にとっても、言葉では言い尽くせないほどの困難と苦しみ、苦汁を飲ませれ続けられながらも、「いやだ」と言えない・・・。


もしくは、「SOS」を、ストレスサインを。
どう表現すればいいのかすら、分からなくなってしまっているのに、誰にも気づかれることなく、何も知らない周囲からの罵倒や嘲笑に耐え続けてしまった結果なのかもしれない・・・。





いや、、、もっともっと。。。



再度、、あえて書きますが、、ぽんたしか知らない私には、想像もつかないことが、、、もっともっと、、たくさんあるのかもしれません。







ここから先は、いつもの思考と考察です。


ママ自身が見たぽんたの症状から、思い起こさせる、または考え出されるものをまとめるに過ぎない内容になります。

面白くなかったらごめんなさい。









話は、小学校入学前に戻ります。


このブログで、何度も何度も書いてきましたが、ぽんたの幼稚園時代は、パニックと暴走、加配の先生がビッチリ付き添うなかで、本人のペースが守られる中、過ぎていきました。


そして年長の年を迎え、二学期を超えたあたりから・・・・「特別支援学校に進学するか」「公立の小学校の支援学級を利用するか」、、、、。

何も悩みなんてなさそうな彼女の毎日をよそに、私たち親と、学校の先生、幼稚園の先生、教育委員会、療育の先生とで、話し合いを重ね、彼女の様子から考察を重ね、、


『どっち(の選択)も、正直ありえるんだよね』


に、行き着いてしまうので、また迷う。




そんな時期がありました。





現在、公立の小学校に在籍する彼女は、あまり当時(幼稚園)のことを覚えてはいません。


でも、つい最近になって、こう言うんです。




あのね、まえ、おうちにケーブルTVがあったから、いろんなアニメをみてたでしょ?

ぽんたね、「けいおん」がすごく好きで、がっこうっていうところにいったら、「けいおん」みたいになれるんだって思ってたの。

・・・・・でも、じっさいは、ぜんぜんちがったんだけどね・・・・・。





え!?

幼稚園のときに、「ぽんた、ランドセルで小学校にいきたい!」って、、

そうママに話したのって・・・・まさかの「けいおん」効果だったの???





うん (*'ω'*)




そっか・・・・・ ̄|_|○





アニメ効果って、どんだけなんだ!!??

ママ、ビックリすぎて、一瞬あたまんなかが真っ白になったぞ?





たしかに、学校生活が背景になっているお話はやまほどあります。

そして、その媒体は昔と比べると桁違いに多い。


漫画、アニメ、映画、、、紙ベース、インターネット、映画館。


それも、、、いつでも、どこでも。





そして、入学後・・・。

ぽんたペースが守られた幼稚園での生活が、そのまま移行されなくなった小学校生活で、彼女の予想は大きく崩されました。


まあ、とっくにその体験を積んできている大人にとっては、「なんでもないこと」。



優しいはずの先生は、時に怒るもの。
お友達、、、と名がつくクラスメイトは、時に残酷な子どもに変身したり、お互いに寄り添いあう同志になったりもする。


そういったことも、大人はすでに経験ずみで、(まあ、何とかなるよ)と思っている、、、(人が大半)。

もちろん、小学校の先生もおなじで。
彼らもほかの大人同様に、自分の経験則と体験と、「教えたい」熱望をもって、子どもたちと接しているのかもしれなくて。






まさか、そこに、「トラウマ」となって、「たったひとつの出来事」が、「たった一言かけた言葉」が、幼き子どもに残ってしまうかもしれないなんて、予測だにしてるわけもなく。


なのに。
ぽんたが経験したその小学校の支援学級で、そのまさかの「たったひとつ」が行われた。



今さら言うのも変な話だけれど、原学級といわれる通常教室では、それは絶対ありえないことだった。

とくに支援学級に在籍してる子だから、、とかいう「差別」ではないけれど、低学年の時は、とくに周りの子どもたちのほうが断然手がかかったから。




じゃあ、なんで支援の先生が?

一番近しいはずの支援学級の先生のほうが、ぽんたを観察しきれなかった?





うん。

客観的にみても、たしかにそれは、じゅうぶんあり得ること。


「支援教室への取り出し授業」なんていうのも、基本一日1時間。
その1時間で、どこまで子ども一人の様子にアンテナを張っていられるか、、、って、他にも数名取り出しで来てることも多いなかだもの。


だいたい教えるのは、方法はそれぞれでも「勉強」だし。



あまりにもそれは、難しい要求にしかならなかったと思う。




あ、でも私。
今まで一度か二度、、「とにかく観察してみてください」と言ったことはある。笑

意味なかったけど。




本来ならば、支援学級にこそ人員の配置設定や、個々の障害に対する教諭の知識が十分に必要な場所なのだと思うんです。

でも実際は、人も時間も足りなくて、、、要求としてはかなり難しいというのが現状であり。






ぽんたは、すごく頑張っているんだよ。

そう言ってる先生も多いんだよ。






何度も何度も。そう励ましても。


彼女は、さめざめと涙を流しながら・・・・「出来ない」「どんなに頑張っても出来ないの」・・・・そう言いながら自分の頬をひっぱたき、頭をたたき。


それでも宿題を書き続けた。泣き続けながら。





刷り込まれるように、彼女の心に刻みこまれた言葉は消えない。

記憶に残ってないはずの感情は、生理がはじまり、、少しずつ思春期に入ってきてるなかで、別の、憎悪という形で表れています。






ある日、彼女は。。。


突然起こったフラッシュバックからPTSD(状態)を起こして、苦しみながら泣き続けていました。

どう声をかけても現実に戻ってこない、、その隣で背中をさすり続けるママをみて、こう言ったのです。





ママ、わたしなんかのために泣いてくれるの?


ママ、ありがとう。









わたしなんかって・・・・。



わたしなんかって・・・・・・!!!!!






君は、「なんか」な子じゃないよ。

いいところも、いっぱいあるんだよ。








一緒に苦しんでも、彼女の心の奥底に眠るトラウマは消えない。

一緒にいつまでも泣いている場合ではないのだ。



出来ることを考えろ。



誰も、娘と母の共倒れなんて、願ってもいないのだから。





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彼女の根底にあるのは、たぶん不安と恐怖。

訪問ありがとうございます。



またもや私の嫌いな”ウエルカムマンデー”の敬老の日がやってまいりました。
いや、誤解をしないでくださいね。

敬老の日を嫌悪しているのではなく、、、嫌悪?嫌悪というよりも、(もう昔の日付に戻す気はさらさらないのか?政府よ?)と言いたくなるくらいに、毛嫌いしているのが”ウエルカムマンデー”政策なのであります。


私個人の思うところでは、成人の日は1月15日でいいし、体育の日も10月10日でいい。
実際のところ、連休にしたいがために無理やり想定したかのような海の日も山の日も、正直要らないよぉ・・・と思っている、家計的にはちっともウエルカムではないのが、この”ウエルカムマンデー”なんです。

・・・・ちょっと待った。敬老の日って、・・・・昔は何日だったっけ?9月15日?

ま、いっか。





さて、話を戻していきましょう。




現在小学5年生のぽんたちゃん。

幼稚園に入園する前から、彼女の身体的発達はとても早くて、外に出れば、いつも実際の年齢よりも上にみられることが多かったように記憶しています。

事実、先日ふたりで食事をした時にも、レジで会計をすませる時、「ご一緒でよろしかったでしょうか?」ときかれるほど(笑)。


おい。
娘と母親に見えなかったのか?

彼女は小学生だぞ?


フランチャイズのドリンクバーがあるレストランに入った時には、「ドリンクバーふたつ。この子は小5です。」と、わざわざ補足しないといけない有様です。




ん?
うらやましい?



いやいやいや(´pωq`)




この【年齢相応に見えない】という状況は、時にぽんたに難を与えるものでありました。



ああ、また詳しく書きたいことが山ほど・・・・・・・・

・・・・あるのですが、長文このうえない記事になるのは確実ですので、割愛させていただくとして。






学校生活というシチュエーションにおいて、それは確実にぽんたに難を与える結果となりました。


小学校生活という初めての体験に興奮し、有に30人以上はいるという集団生活と「おべんきょうの時間」という、”ちょっぴり大人っぽい作業”をすることになった入学後の1年生たちが、その新しく始まった小学校生活にワクワクとドキドキを胸いっぱいに膨らませている、まさにその時。

今までに経験したこともないような恐怖をあじわい、そして混乱をともなう環境に放り込まれた、ぽんたの心境は、当時、どんなことだったのだろうか、、、想像することしか振り返っては思いを巡らすことしか、現場に遭遇していない母親には、、悲しいかな、、出来ないのです。



でも。


分かることが、たったひとつ。



1年生にも関わらず、校内生活で、彼女はそれまで使ったことのない敬語を話し始めました。

自分の周りの子どもたちが、「なぁなぁせんせえ」「そんなんわからへんわぁ」などと、、、。
そう、思い思いの言葉を、いかにも子供らしく話す姿を多く見かける中、ぽんたはひとり、、、とても浮いている存在となりました。


彼女にとって、はじまったばかりの入学生活に強烈に刷り込まれ、後々まで、家庭以外という場所で、彼女自身の緊張をほどくことが出来なくなってしまった、、、その根本となってしまった、、、

その初めての学習が「恐怖」だったのだと思います。



当時、知り合いの療育の保育士さんに相談したところ、「それは慇懃(いんぎん)言葉って言って、子どもとして”あるべき姿”じゃないって昔から異質なものと捉えるものなのにね。」・・・・「学校の先生は、(おかしい)って気づかないのか。。」と、非常にぽんたの様子を心配して、そして、とても危惧されていたのを思い出します。


完全不登校を経験したあと、彼女が自分の意思で少しずつ教室に入れるようになったころも、何人かの先生からこう言われました。


「すごく気をつかってるんです。」
「言葉ひとつ発するのにも、すごく考えているように見えるし。。。」




その過剰なまでの気の遣い方は、もう子供らしさを超えていたように思います。



なぜか。



こわいから。

怒られたくないから。



自分が自分の思うがままに発する事は、ぽんたにとっては、イコール怒りをともなう指導に至ってしまうんじゃないかという、固執した理解に繋がってしまったから。



誰だって、恐ろしいほどに形相を変えた大人から怒られるのはイヤですよね。

小さな子供ならなおさら。


こだわりの強い、発達特性を抱えた子供ならなおのこと・・・なのではないのでしょうか。





我が子だから感情的になり過ぎてる?


・・・・否定は出来ませんね。笑
だって、誰よりも可愛いウチの子に「何してくれてんの?」って言いたい気持ちはいつだってあるものです。




でも、それ以上にも思考は巡ります。



ぽんたのクラスは、不登校の子が他学年よりも多い。

苦痛やしんどさを蓄積させてしまってないか・・・どうしても気になるのは否めません。



無理解な一言や強要が、一度小さな子供の心に刺さってしまうと、そこをどうやって手当したらいいのでしょう・・・・。

笑顔と暖かい気持ち?
受け入れる状況にまで、その子供が回復してるといいのですが・・・・。




母親と娘という関係でも、そこには「魂のぶつかりあい」のような真剣さが必要な時があります。

そこと同じようなコミュニケーションを、他の誰かに要求することができるでしょうか?








ちょっと話は変わりますが。


思春期に入りつつあるぽんちゃんは、時に恋愛や結婚のことなどにも、その会話の幅を広げます。



でも、彼女はいつもこう話す。



ママと結婚したい。
誰よりもぽんたのことを理解しようとしてくれるし、理解している。

ぽんたはコミュ障だから、結婚なんか出来ないかもしれない。

結婚するなら、ママがいい。




残念。

法的にも、倫理的にも、それは無理な話なのだよ。






恐怖が消えることはないのだろうか?

消えない自分を認めて許してあげられないのだろうか?



母親は入れない領域があるとするならば、せめて、少しでも生きやすくなるようなヒントを伝えられる時期が来ることを。

ぽんたと似たような生きづらさや困難を乗り越え・・・なくても、「それでいいのだ」と軽く受容できる人が、どうかぽんたに現れんことを。



心から祈りたい。



安心が確約された、そのなかで生きてほしい。
「安心」を学んでほしい。



今、なによりも望むことは、そこなのかもしれません。






たまには応援ください(*'-'*)ノ
励みになるんですよ、本当に。

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注意や指摘にも傷つくのには理由がある①

うううう・・・

またママが怒った~ 。゚(*ノωノ)゚。





いやいや。違うよ、ぽんちゃん。

ママはちっとも怒ってないねん。


怒ってないから、落ち着いてママの話を聞いてちょうだい。






こんなやり取りを、、いったい何回。。

いや、何十回、何百回、繰り返してきただろうか。




泣きだしてしまったら最後、、ぽんたの感情が落ち着いてこなければ、どんなに説明を繰り返しても、その説明は説明として彼女の耳に理解に届かない。

いや、もしかしたら、理解力にもレベルというものがあるのかも。
そして、それは、その時々、、、、例えば、ぽんたの心理状態やその時の前後関係の状況によって、かるく左右されてしまうくらいのものなのかもしれない。

ああ、もしやママは、今そのところを読み切れずに、少しハードルをあげてしまってるんじゃないのかしら。


そう思うことが、何度も何度もありました。




インターネットで、YouTubeで、様々な情報をむさぼるように吸収した彼女は、とても特異的な・・・・うまく言えないけど、それが「ぽんたクオリティ」とでも呼べるような、、まさしく主義のような性質を作り出した。

それが。


”わたしは完璧だ” です。



1年生のころは、せっかく買った3DSも扱えずに放ったままだったし、その頃流行っていたプリティリズムのゲームも、一度はやってみたけど、全然内容を理解できずにさっさと諦めたこともあるぽんたちゃん。

もちろん、TVやDVDに関しても、リモコンひとつ使えませんでした。
使い方が覚えられなくて。


支援学級から出される塗り絵がイヤで、泣き泣き塗っていたころがちょっぴり懐かしい。
拗音のプリントや、絵に描いてある物から名詞を書く宿題でも、分からなくてよく泣いていた。

算数はいつも、足して10以内の足し算と、10以内の数を使った引き算。
大きい数と小さい数の比較の問題や、「これは何番目でしょう?」のような問題ばかりでした。

それでも、3題中、1つは必ず間違っているような状態。



そこから、少しずつ変わっていったのは、不登校の時期に触れたゲームがキッカケだったような気がします。



たぶん・・・・きっと、”刺激”が欲しくて欲しくてたまらなかったのだと思う。

刺激にすごく弱いのに、あまりにも刺激がない生活では、好奇心を満たす衝動が生まれる。
きっと、それは人間ならば誰でもそうなのかもしれません。


そして、類に漏れず、ぽんたにもその衝動が現れました。



良かったのかな、悪かったのかな、、実際正直な気持ちを言えば、ママにはさっぱり分からない。



でも、そんなこんなで彼女は、実質2年ほどで、驚くほどの知識を蓄えたのでしょう。

その結果、生み出されたのが、、、”自分は完璧だというプライド”なのかもしれません。



ところがそれが、その彼女自身のプライドともいえる、自分を奮い立たせてくれた”ありがたい筈の情報力”が。


悲しいかな、彼女を傷つけてしまう、、因果のひとつとなってしまったのです。







少し前の話です。

小学5年生恒例の林間学校(宿泊学習とも言うのかもしれない)から帰ってきた彼女が、最初に放ったひとことは


きっと、ぽんたの人生のなかで、黒歴史になると思う。


でした。











長くなりそうなので、ここでいったん切ります。

続きをお待ちくださいませ( *・ω・)ノ






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(加筆)注意や指摘にも傷つくのには理由がある②

訪問ありがとうございます。

雨で始まる一日が増えましたね、少しずつ季節が進んでるのが分かります。
たまに、ふと、見上げると、高い高い青空。

馬肥ゆる秋。


ああ、肥ゆりそうでコワイわ(笑)
なんちゃって。





さて。

前回の記事から、少し日にちが空いてしまいました。



小学校での運動会があったので、バッタバッタと動きまわっていたぽんたママ。
ようやく落ち着いたので、続きを推敲していこうと前回の記事を読み直していきました。




・・・・・・・・・


私ったら。



なんてしんどい記事を書いていたんだろう。





正直、、っていうか、マジ。そう思いまして。。。

続きが書けるのかどうか、少し自信を無くしていたのですが。





多分、発達障害児のなかでも、ぽんたのような思いをされてきた方や、今、その過渡期にある方のことを考えると、書く気持ちを奮い立たせてしまう自分がいて。

ママ自身もしんどいのが本当のところなのですが、でも、やっぱり言葉にしてみたいと思います。


いや、単純に書きたいのかもしませんが( ;´Д`)




どうか、、、願わくば、少しでも慰めにならんことを。

なんか上から目線のようで申し訳ないのですが、娘と向き合ってきたなかでの考察を綴るだけですので、お許しいただければと思います。










話は一学期に戻ります。


小学5年の宿泊学習。
みんなでお泊り。


ワクワクとドキドキと、そしてやっぱり、心配や不安を心のなかに忍ばせながら。

5年生全員。
・・・と、ぽんたを乗せたバスが、出発しました。



なんだかんだ言っても色んな初めての経験をしてきます。

そうしたことで湧き上がる興奮や、家庭とは違った意味での緊張や体験を持ち帰ってくるのだろうと、ぽんたの下校を待ちわびていたママです。




でも。
帰ってきた様子は、ママの予想を大きく裏切ってくれました。




行くんじゃなかった。

ぽんたの記憶のなかで、黒歴史として残ると思う。





そう言い捨てるように、つぶやいた彼女の顔は、決して明るいものではありませんでした。





今まで、不登校や登校渋りがありながらも、同級生たちとの交流をなんとか続けてきました。
そのなかでの学校生活での様子は、もちろんママよりも彼らたちのほうが知っていたはずなのです。


ところが、環境じたいが日常とは全く違う「林間学校」。

そのなかで、何か話をするネタを作りたかったんじゃないか。
そう推測できることが、ぽんたの身にふりかかりました。


まぁとにかく緘黙で反論しない、滅多に泣きだしたりしないぽんたちゃんです。




「なぁなぁ、ぽんたちゃんの箸の持ち方って変やな」

「あれ?またぽんたちゃん同じ服着てるん?きったな」


いや、本当はちゃんと着替えてました。


「ぽんたちゃんの鉛筆の持ち方って、おかしくない?」




ぽんた曰く、、、それこそ本当に細かく、自分のする行為に、誰かの注視が入り、しかも指摘された・・・と。




何で、あたしばっかり言われるの!?

リンカンの間じゅう、ず~~~~っっと!そんなんだったんだよ。





帰宅してからの彼女は、ひどく興奮し、愚痴を言い続け、そして、疲労していました。




実は、この話には前振りがありまして。


今回の林間のプログラムではカレー作りがありました。
その事前練習として、一度だけ家庭科でカレー作りをしているのですが、その時全然動けなかったんです。



「うわぁ~!!ぽんたちゃん、何してるのん!」
「えええ、ぽんちゃん、何もでけへんやん」




ん?
ぽんた、家庭科の先生はちゃんとわかりやすく教えてくれたんちゃうの?




いやいやいや!!


なんか、前のほうにやり方を張り付けて、さらさら~っとは説明したんだと思うよ。
でも、何が何だか、全然分からないうちに、「はい、さっさと始めますよ」って!

ぽんた、分からなかったから、ちゃんと家庭科の先生に、教えてもらいにいこうとしたんだよ!

ところが先に、同じように聞きに行った子が「なんでちゃんと聞いてなかったんですか!」って逆に叱られたの。
しかも、怒ったままでその先生、結局全然教えてくれなかったんだよ!


それっておかしくない!?


でもそれを見たら、「うわ、この先生には聞けないわ」って。






あらあら。

それはそれは。

・・・・



『お願い!教えて!ママぁぁ!!』


ということで。


林間で皆に迷惑はかけたくない・・・と、おうちでカレー作りをママに教わることになりました。


包丁の使い方、ピーラーを使うときのコツ。
包丁のかどで、じゃがいもの根を切らないといけない理由。


療育と一緒です。
見やすく、分かりやすく、スモールステップで。



そうして、特訓に特訓を重ね、他の子よりも上達した(と思われる)ぽんたは意気揚々と出かけたのでした。




ところが、まさかの”カレー作り”よりも全然違う視点に、子どもたちの注視がいくとは。

そりゃあ私だって、もしもぽんた同じ状況に陥ったら、すごく傷つくと思うし不安でさらに固くなるかもしれないなぁ・・・・。




同じようなことしてる他の子はとくに言われないんだよ!

なんでぽんたばっかり言われるの!?







なんとなく、当時の状況、、というか、5年生にありがちな点、、ということで、おおかた想像はついていたママですが、
ぽんたの興奮が収まるのを待ち、よくよく話を聞きました。


するとやっぱりクラスの子全員がそう言ったわけでもないし、指摘をしたつもりもなければ、多分それを言った本人にも他意は無いのだと思われました。

どちらかというと、会話を広げようとしていたようにも思われるような雰囲気がありました。



そのことを、何度か彼女に説明をしたのですが。。。



それでもやっぱり、ぽんた自身の受け取り方は、そうではなかった。

かたくなにイヤな思いの連続だったと感じ、どんどんマイナス思考に陥ってしまう。







5年生になると、委員会活動がはじまり、家庭科などの新しい教科が入ってきます。

最初は”やる気まんまん”だったぽんたちゃんなのですが、あっという間に(みんなと同じように出来ない)事実を目の当たりにすることになりました。



そして「これが出来なかったから」と言っては家で練習を繰り返し、「(同じ支援級の)低学年の子が、もう九九をやってるから」と気にするようになり挑戦を始めたりもしました。

でも九九だけは、最終的には見ていられないほどの状況になりました。

短期記憶が弱いぽんたちゃん。
数を順番に言っていくうちに、その数がズレていく。そして覚えたはずの答えもめちゃくちゃになっていく。

それを聞いたママに訂正されると「きーきー」怒り出す。
それが数回続くとしまいには泣き出すようになり、九九の表を見るだけで過呼吸・パニックを起こすようになってしまいました。





誰かのなにげないひとことが気になる。

ひとことの声かけより、注意や指摘のほうが彼女のなかでフィードバックする。



それを打ち消したくて。
泣きながら家で努力しても、登校すればもう別の課題に移っている。




林間学校を境目に、日に日に疲弊していくのが手に取って分かるようになっていきました。




でも逆になぜか。学校(特に支援級)では頑張る彼女の姿をみて、ハードルがあがっていきました。






ママ、ぽんたは完璧なのに、それでも出来ないの。

どんなにがんばっても、やっぱりダメなの。




何度も何度もそう言い、毎日のように涙を流しては、さらに努力しようとしていました。





そんなこんなで、少しずつ・・・また学校から遠のき始めたころ、彼女は何度もこう言いました。



ぽんたは、教室のなかで空気でいたい。

誰も私を見ないでほしい。















とにかくマイペースで周りの反応に気づかない特性のお子さんもいれば


ぽんたのように、周りが見える、、、自分の出来ない部分に気づいて苦しむ特性のお子さんもいます。





発達障害の障害といわれるゆえんは、まさに、この特性となる部分に理解が入りにくい、気づかれにくいところにあるのかもしれません。


得手不得手への気づき、でも苦手さを発する難しさや関係性を結ぶことへの困難が彼らを娘を苦しめます。






そこに早く光をあてて、気づいてあげられたら、もっともっと生きやすくなるのかもしれませんし、それが、本来あるべき支援なのかもしれません。







励ましのひと押しありがとうございました。

先週は、普段より多い数のポイントを見て、本当に癒されました。
ありがとうございました。


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