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はじめまして



現在我が子ぽんたは小学6年生。
3歳の時に広汎性発達障害と診断を受けました。

発達障害を持つ我が子との生活のなかで
ママ視点での気付きや考察を綴っております。

はじめて訪問された方は
ぜひ「はじめに」のカテゴリからご一読ください。

↓そしてこことは別にむーにの日記的ブログも書いています↓
なきむしでいいじゃん♪

どちらももし良かったらお付き合いくださいね(。・ω・。)ノ

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一生のなかでの学校という立ち位置は。

三連休もあと二日ですね~。
なんか寒くてどこにも出かけたくない・・・
そう思うのはママだけで、

本当
パパもぽんたも元気いっぱいで
何だかそれを見てるだけで
やたら疲れたママでした(苦笑)


気が向いたら
「見たよ~」ってぽちっとしてみてくださいね(*^─^*)

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+++++++++++++



これを読んでる方は、
もうすでに”学校”というものを
卒業されてる方が大半だと思います。


人生が、もし・・・
たとえば80年はあると
仮定するならば、

小学校・中学校・高校の
6・3・3 で、12年。

おおまか、というか乱暴な表現かもしれませんが、、
人ひとりの一生のなかで、その人生の1/6は
学校という場所に通ってることになるんですね。


しかも

この世に生れ出てから、
天文学的な数字になるであろう
細胞分裂を繰り返して、

身体もこころも
ものすごい勢いで変化しながら
成長する

とても大事な時期に、

子供たちは
学校に通わなければなりません。



あ、思い出した。

ぽんたの完全不登校を
私とパパで支持するということを

学校の管理職に
伝えに行った時の話です。


そのとき、何度も校長は
こう言いました。


すべての子供には
教育を受ける権利があるんです。


なんか政治家っぽい主張だよね。。

いや、でも正直な話、
たしかにそうなんですが。


その時は
ぽんたの状態がそれどころじゃなかったので

パパもママも

心身を守る権利もあるんじゃないんですか

って思っていたのが
当時の実情なのですが。。



でね。


戦後のベビーブームとともに
やっぱり”学校”というものが

少し変わってきた。


どう変わってきたかっていうと。。

まず子供の数がめちゃめちゃ増えた。


ママが子供の頃は
第二次ベビーブームの走りだったので

ある程度、都市圏に入る
市内の小学校になると

ひと学年5~6クラスなんてのが当たり前。

ママより数年下の子たちなんて、
10クラスもあって、

「教室が足りない」状態でした。


あ、「3年B組金八先生」も、

あの有名な「腐ったミカン」の話の時には
ママもちょうど中学生だったので、

教室や学校という箱ものも
もちろんのこと

教師の素質?にも
焦点があたりやすい年代だったのでは・・

と思います。


ボクのせんせいは~~ヒーロー!
嵐を巻き起こす~~ ↑ フィーバー!  だったっけ?( ;^ω^)

なんて歌も流行った
「熱血時代」(水谷豊主演)は、

そのずっと前でしたが、、


そういえば、

夕陽丘の総理大臣
とか
朝日が丘の大統領
なんていう

何だか今思えば
めちゃめちゃベタなネーミングの
学園ドラマも流行ったりしましたよね~。


あ、やばい。
なんか話がズレていきそう・・。


でね、

その頃、ママと同じように
学園ドラマなんかを
見ていた人たちが

今、
先生になってるんだと思うんです。


その先生たちと
ぶっちゃけ話をしたことはないのですが・・

大学を経て、今先生になってて、

で、どうですか?
自分がなりたかった先生になってますか?って

聞いてみたいな~って、
ふと・・思って、この記事を書いてみました。


今の子供たちもそうですが、
私たちが子供のころもそうですが、

一番多感な時期に
学校に通って学ぶのは

勉強だけじゃないと思うんですよね?


人との関わりや
自己の確立や自己表現・・

会社とかじゃ、ここまで人はいないよね?
なくらいのたくさんの人がいる、、
”学校”っていう特殊な場所・集団で

成人して社会に出る前の
社会の縮図を
経験するんですもの。。。


その立ち位置たるや

そりゃあ、すっごい影響力なんだと
思うわけです。


凄すぎる影響力なので、

それこそ、
それが人生のすべてのような
錯覚を子供が起こしても

ある意味当たり前としか
いいようがないと思うんです。



ぽんたが不登校になった時、

他に居場所は無いか、、と
フリースクールに見学に行ったり、
適応指導教室のことを調べたり

本当に
家族で右往左往しました。


でも、ぽんた自身が
そのどれにも居場所を見い出せなくって、、

結局、彼女自身が
自分から登校を決めたのには

それは・・・
どの子供も
幼稚園を過ぎるあたりから

”自分もどこかに属さないといけない”ことを
自然と刷り込まれてしまう現実が
あるんじゃないかと

ママもふと思ったりしています。

なんか
難しいことを書いてるかしら・・。
長文になってしまって
ごめんなさい。


でもね、、

だから。


本当はまだまだ小さい子供たちを
慈しむように、

その身体もこころも

大事に育ててあげられる
世の中になったらいいなって
心から思うんです。


学校と言う役割が
その全てを担うなんてのは

ある意味、
無理、、ですよね?


それは、親もふくめて
すべての大人が

自分の子供時代同様

あらためて
振り返ってみても

いいんじゃないかな?


そんな時期に
きてるような気がするんです。。



++++++++++++++++


うーん、またもや
思いつくまま書いてしまいました。

長くなってごめんなさい。
読んでくれて、ありがとう(*^─^*)

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Re: お珠母さん

”頭でっかち”確かにそんな感じなのかもね~
昔は空き地でも公園でも子供たちが草野球とか出来たけど
今じゃ「子供を遊ばせないように」「ボール使用禁止」の貼り紙ばかり。
大人の目が届かないから、事故のないように、なのかもしれないけど
そもそも大人が目を配らなくなったのかもしれない。。
じゃあ今の大人が子供だった時は?ってことになるのかもしれないけど、
私たちが子供のときって、もっと「勝手」してても怒られなかったやん。
だから今より自由だったような気もしてるの。

いや、でも、そうじゃなかった幼少期を過ごしてしまった大人も多数いるよ?
だからやっぱり一概にひっくるめられないって思う。

まあ、またどこかで話そうね(*^ω^*)
コメントありがとうねw

そもそもが遊べる場所も減ったし、近所の温かく厳しく優しい目も減ったしね。
私の通ってた小学校は校舎の2階くらいまである滑り台つきジャングルジムがそびえ立ってたり、ブランコがいっぱいあったり、遊具いっぱいで公園よりすごかったけど、今スリリングな遊具すらないし。
工夫して遊ぶ場所もないし。
そこからして、変に頭でっかちで陰湿さを感じる世の中になってる気がする。

Re: お珠母さん

そうね~。
”学校”を語るには、ひとことでぶった切れるほど
簡単な話じゃないとは思うんだ~。

でも、なんていうか、
子供が子供らしくいていい場所が
もっといっぱいあるといいな~って思うの。
それは、建物じゃなくて、人の心にもね。

あー、今回の話は視点がデカ過ぎたかしら~。。

うん、でもお珠ちゃんの言うこともよく分かるわ~。
コメントありがとね~(*^ω^*)

学校って、ある種の洗脳施設とか宗教施設のような感じだと思う。

行くか行かないか、どこに行くか選べない半強制送還みたいな。

正しいか正しくないかなんて関係なく、質も関係なく、「普通」「当たり前」「当然」で、枠からはみ出したら罪みたいな「偏見」「変人」「ダメ人間」「犯罪予備軍」「将来のない人間」扱い。

でも、そういう選択者が増えたら、「学校行かない選択もあり」になったり「むしろ能面無表情無口心の闇を抱えて学校に行く、行かせるほうがおかしいのかも?」「行かない選択をした子は勇者」な時がくるかもね。

学校だけじゃないからこそ、フリースクールやホームスクーリングがあるのだから。
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