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はじめまして



現在我が子ぽんたは小学6年生。
3歳の時に広汎性発達障害と診断を受けました。

発達障害を持つ我が子との生活のなかで
ママ視点での気付きや考察を綴っております。

はじめて訪問された方は
ぜひ「はじめに」のカテゴリからご一読ください。

↓そしてこことは別にむーにの日記的ブログも書いています↓
なきむしでいいじゃん♪

どちらももし良かったらお付き合いくださいね(。・ω・。)ノ

発達障害児って、愛着形成も凸凹なんだね。

以前の記事に書いてる『ことばのクレーン』行動なんだけど・・・。

ちょうど、その頃から気付き始めたことがある。


それは、、
「ぽんたにとって・・ママはお人形なんじゃないの?」

これを、、例えば当時担当だった
発達相談の保健師さんとかに話したら

「いやいや、おかあさん。ぽんたちゃんは、ちゃんと分かってますよ。」
って、絶対否定される。。。

そんな気がして、当時は
思っていても言えなかったんだけど。


でも、彼女の表情を見れば分かる。
悲しいけど、絶対的な「母の勘」。


例えば、一緒に公園に行くとするでしょ。
自転車の前に乗せたぽんたに色んな事を話しかけながら、
るんるんと自転車を走らせて。

で、、、公園に到着しました、
「さぁ、色んなことをして遊ぼうね」
そんな感じでぽんたを自転車からおろした瞬間、

ぽんたの目の前に広がる風景に
全ての注意が奪われてしまうのか、、

ぽんたの中から、『母親』の存在が消えてしまう・・・

え?それってママの考え過ぎじゃない?
そう言われちゃうような気がして、
このことをあまり周囲に話したことは無いのだけど、

我が子の行動や表情から、
どうしようもなく、ひしひしとそれが伝わってくるんだもん。

ママはいつも、ぽんたの後姿を追いかけた。

悲しくなっちゃったことも多い公園の思い出。

ああ、でも、ただただ一生懸命だったから、
そんな彼女を見てはいても「一緒に触れ合って遊びたかった」から
よく砂遊びや遊具で遊んだなぁ~

他のこどもたちに交じって。笑


でね、、、ぽんたの中で、

ママが「お人形」じゃなくなる時期がやってくる。
それが、幼稚園の登園渋りとパニックの頃だったんじゃなのかなって
ママ的には思ってるんだ。

ぽんたのひどい登園渋りから、、
ママは付添登園(最初は散歩程度だった)を開始するんだけど。。

たった20数人の集団に何かを感じていたのか、
保育室に5分入っていられない。

加配の先生が、それでもきっかけを掴もうと
ぽんたに声をかけてくれるんだけど、

ぎゃーぎゃーワンワン泣きわめきながら、
ママの待機している部屋に飛び込んでくる。。


その頃からかな?

ああ、ママを「助けてくれる大事なひと」って
少しは認識できるようになったんだ・・・って
感じられるようになったのは。

いや、分かんないぞ。苦笑

もしかしたら、まだあの頃は
「人」の認識は薄くて、「物」だったかも。笑


色んな方の書いてるものを読むと、よく
自閉ちゃんは最初に「物」の認識から始まるって書いてあるから・・・

こればっかりは、分かんないや。笑



あ、、、、でね。

何で愛着形成の話を書こうと思ったか、、、なのですが。



実は、ぽんたの登校渋りが激しさを増してきて、
ママと離れられなくなってきたときに、

当時の普通級担任に、こう言われたんです。


お母さんが手を離せば、ぽんたちゃんはしっかり成長しますよ。
ぽんたちゃんは甘えてるだけなんです。


もうね、、、そう言われた時、
ママのなかで、まるで瞬間湯沸かし器のように感情が高ぶった。


いったいこのひとは、何を分かった風な事を言ってるんだろう。
赤ちゃんのころから、今までずっと、
彼女の中では「母親」は「人形」で、「モノ」だった。
愛着の対象は「モノ」だった彼女が、
ようやく「対=ヒト」に変わろうとしているのに!!


はっきりとした感情だったから、ママ自身もびっくりしたんだけど、笑
でも、それでやっと分かったの。

ああ、こうゆー子って、
愛着形成も凸凹してるんだ~って。


余談だけど、人への認知も遅れてたみたいなのね。
これは、ちょうどそのころバウムテストをして
結果としても出ていたんだけど・・・

そうそう、自他の境界もまだまだ薄いって書かれてたわ。


その頃は、この紙に書いてある「自他の境界」の意味すら
私には理解出来なかった。

でも、ひとつだけ変わらないことがある。


たとえ、自閉があっても、発達が凸凹でも、
「諦める」とか「否定する」とか、何も考えなかった。

ただ、この子が愛おしくて、、

きっと生活の中で混乱してるであろう我が子が
毎日一生懸命、何が何だか分からないってなりながらも
必死に頑張って生きてるんだろうって思ったら、

ただただママは応援したい。

分からなくて困ってることがあるんだったら、
少しでもその「分からない」を「分かった」に変えてあげたい。

その思いだけが、療育に対して背中を押してくれた。


あ、あとね・・・この記事を書きながら思ったんだけどね。

もしかしたら、

たとえば、諦めてしまって、
ぽんたの感情のなかに踏み込むことをやめてしまってたら、
自閉の部分は幼稚園時代と変わらなかったかもしれない。。

確かに今のぽんたを見てると、、
「まわりに気づくことが出来る」ようになっての生きづらさを
本当につくづく感じるのだけど、、、

それでもやっぱり、

大変だったけど、、

「いつでもママがここにいるよ」って
発信し続けて良かったなって思う。

その伸びしろを、ぽんたは持っていたのだから。



なーんて、なんか偉そうに書いてすみません。。
いや、普段はもっと、とっちらかってるママなんですよ~( ;´д`)ゞ

でね
今はけっこうまったりのんびりです。笑
もちろん毎日のルーチンには入ってますが、
それも慣れてきたっていうのかなぁ~

気持ち的にはラクになった部分もあります。

いやぁ、でも成長してるからか、
今度は別の問題で頭を悩ましてますが( ;^ω^)


発達ちゃんのお母さん
今日も一緒にがんばりましょうね(*^ω^*)
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テリちゃんへ

おはようございます~(*^ω^*)
私も子供の頃は親に関心の薄い子供でした。
今思い出してもけっこう自閉的な部分があったと思うくらい。

ぽんたの母親になって、自分の母親のことを振り返ることは確かに多いんだけど・・・
やはりどこか反面教師にしてる部分はたしかにあるとは思う。。
けど、もともと持ってる自分の性格も発揮されてるような気もする。笑
娘はよく「自分の親と似た子育てをしてる」って母親になったら言う人もいるけど
まったくそうじゃないのかも~。

守るって難しいよね。。
やはり「守る意味」を間違えると、成長を阻害してしまわないか考えちゃうし。。
そういう意味では、ふと立ち止まって考えることはとても大切なのかも。

親の視点を経験したことないので、読んでいて切ない感じがしました。

私は、ぽんたちゃんに比べてもともとの自閉っぽい部分は、だいぶ軽いはず。
そんな私が自分の子供時代を思い出して、私には親が助けてくれる存在という認識がなかったのを思うと、ぽんたちゃんに “むーにさんが助けてくれる存在” と認識されて本当に良かったなと思います。

その違いはとても大きいです。

ぽんたちゃんもいずれ自立していく必要があるし、先々で親に守られた事実というのは大きな支えになると思います。
ぽんたちゃんが、助けをかりつつも問題を一つ一つ乗り越えて成長できますように。
Secre

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