11
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
   

はじめまして



現在我が子ぽんたは小学6年生。
3歳の時に広汎性発達障害と診断を受けました。

発達障害を持つ我が子との生活のなかで
ママ視点での気付きや考察を綴っております。

はじめて訪問された方は
ぜひ「はじめに」のカテゴリからご一読ください。

↓そしてこことは別にむーにの日記的ブログも書いています↓
なきむしでいいじゃん♪

どちらももし良かったらお付き合いくださいね(。・ω・。)ノ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

幼少時の記憶は遠からず引き継がれる。

ちょっと今回はネガティブな話です。
現在、成人されている方で、幼少時のトラウマを抱えている方には、お勧めできない内容かもしれないので、ご了承ください。



さて。

ぽんたの抱える内在面は、二次障害などのカテゴリでも何度か書いてきたと思いますが、この1年ほどで顕著になってきたことがあります。

そのことを、、少しオブラートに包んでなら記事にできるだろうか?などと、何度も考えていましたが、やはりどうしてもPCを前にすると指が止まってしまい、書けない日々が続いています。


そして、その理由は、、、どうしてなんだろう?
そう思いながらも、答えの出せない状態のままでいました。

ところが、気づいちゃったんです。いや、きっと気づいていながら、そうだと確信したくなかったのかもしれません。


ぽんたの精神状態の現在が書けないのは何故か。
それはというと・・・・・まだ、私が受け止めきれずに苦しんでいるから。



ずっと・・・・それこそ幼稚園という集団生活に入るまでは、本当に、心から、天真爛漫な明るい子だと思っていたのです。
それこそ、赤ん坊の頃から、、、健やかに、朗らかに、、、と育ててきたつもりが、まさかの道を外してしまったまま突っ走っているような状態のような感触を拭いきれない自分がいます。


小学校にあがってから、彼女の身に起きた様々な出来事や、そこで、どう対応していったかのすべてを、私自身ですら、(本当にこれでよかったのだろうか)と、戸惑うことも多くなってきてるのかもしれません。

そんな母親の戸惑いを、娘特有の感の良さで、ぽんた自身も思考ではなく、感覚で気づいているのかもしれませんが。


今、、彼女の記憶には解離している部分が残り、人間関係の難しさからかなのか、攻撃性を隠し持つようになっています。




やっぱり、ここで、どうしても指が止まってしまいました。


ぽんちゃんは小学5年にあがりましたが、相変わらず欠席してしまうことも多く、遅刻して登校したかと思いきや、僅かな時間で帰宅。
それから自分の思いのたけをぶつけてくる彼女にとって、聞き役のママはまるでサンドバッグ。笑

ええーサンドバッグ、、痛いやん~~。

なんて(笑)そこをひたすら我慢のこで続けることなんて出来るわけもなく、、、する必要もないのだけれど。。

それでも、彼女にとっての『理解してくれる最大のひと=母親』であることは、いまだブレることはありません。


それこそ、、、それがあるからこその、彼女なりのバランスをとってるのかもしれなくて。


でも。

でもね、やっぱり、、、ぽんたのことを考えない時間が少なすぎて、私のほうが爆発しそうになる時があります。



うん、何とかかんとか、やり過ごしてはきている。

それでも、考える。



私の母親としてのぽんたへの接し方がマズかったのだろうか?って。


それは単純に自分の思考から生まれたものではなく。。。。

例えば、ぽんたは不登校になって少し経った頃、初めて訪問した精神科(児童精神科は併科)では、まず『母親のカウンセリング』から始めることを勧められたことがありました。

(???? 私はぽんたの記憶が解離してしまってることで相談にきてるのに?)
(なんで、母親のカウンセリングなんだろう)

・・・・・・と、いうことだったり。


次に、まったく別の機会で受けたカウンセリングでは、私の言ったひとことを逆手にとって『あら、私ならこう言うわ』って、、、なんだろう?ぽんたのカウンセリングで来てるはずなのに。

何かが逆転してるぞ??・・・・なことだったり。



色んなことを思い返したりするのも、本当は苦痛なのに、家にいると、そこから逃げられずにどんどん内面に気持ちが傾いていく。




で、ふと思い出しました。

ママ自身のこと。


ちょっと話が飛びますね( ;^ω^)


実は・・・・私は2月生まれなのですが、弟は翌年の3月生まれです。そして、妹はその翌年の11月。


計算しなくても、母親になってる女性なら察しがつくはずです。

私が生まれてから、その三ヶ月後には、また母親のつわりが始まっているわけです。



ずいぶん後になってから、「つわりは大変だろう」と乳児の私を祖母がよく連れて行ってたと、母から聞きました。
母は母乳が出なかったので、私は粉ミルクで育っています。

ほとんどの子どもは赤ちゃんの記憶なんて残っていないと思うのですが、で、、、私も全然覚えてないのですが、あまり母親から声をかけられない子どもだったことは確かだと思います。

今でも、何かのきっかけで母親の肌に触れることがありますが、すごい生理的な違和感を毎回感じるんです。


そして、弟、妹が誕生して、その子たちを抱く母親を見て、もしかしたら幼心にこう思ったかもしれません。

「わたしを抱っこして」
「わたしも、弟や妹みたいに、抱っこされたかったのに」



今でも、母はこう言います。

「あなたは全然手がかからない子どもだった」


いや、違うよ、それは。


あまりにも手をかけてもらえなくて、どう甘えていいか分からなかったの。

「わたしも抱っこして、、、」って言えなかったの。




そして、、、、もしかしたらそれは、まるで大きな傷のように、私のなかに刻み込まれてるのかもしれないって、あまりに唐突に、でも確信のように私のなかに言葉があふれ出してきて。。。。

すっごい勢いで書いてしまいました。なんか変な文章だったら、ごめんなさい。



でもだから、たくさんたくさん、ぽんたを胸に抱き、頬にチュッてして、母乳をふくませた。

ママの大切な大切な我が子。



それなのに、記憶を解離させたまま、ぽんたの日々は流れる。

現在では、学習障害の可能性はさらに大きくなり、精神面でのフォローは医学的にも必要な状態になってきていて。。。。


どうして?

なぜ???



多分、自分のなかで、泣きだしてしまいたいような感情を持て余してしまってるのが、今のママの状態です。





で?

だからって・・・・・で? どうするか?



前を向くしかない。前を向かないでどうする。

何度過去を振り返っても、過去は過去。



(ちょっと溜め息・・・・)
そうだよね、ぽんちゃん、ママは前を向くよ。

そうして、これからも一緒に進んでいこう。




(ふぅ~~~←ちょっとひと息)
この記事を書きだして、少しだけ心の整理が出来たかもしれません。

長文でした。
ネガティブ全開な話だったのに読んでくださって、ありがとうございました。


また、しばらくしたら、いつものむーにで、登場したいと思います( *・ω・)ノ






良かったら励ましを込めて押してください。

いつもお気持ちはありがたく受け取っています。

↓↓ ↓↓


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ 広汎性発達障害へ
にほんブログ村

にほんブログ村 子育てブログ 発達障がい児育児へ
にほんブログ村



 
関連記事
スポンサーサイト

tag : http://ping.blogmura.com/xmlrpc/4pcgajwgjqmm

Secre

プロフィール

むーに

Author:むーに

最新記事

カテゴリ

月別アーカイブ

にほんブログ村

良かったら押して下さい^^

コメントの入力方法

コメントを入力する場合は 記事文章最下部の コメント:_の _の部分をクリックすると 入力欄が出てきます。

最新コメント

twitter

検索フォーム

メールはここから

名前:
メール:
件名:
本文:

ペットショップへ行く前に

Amazon

支援者当事者・お友だち

支援グッズ・お役立ち情報

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。